ニッポングッド会議
プロジェクトレポート

Vol.4スノーピーク

上山 桂氏

ユーザー目線のモノづくりプロデュースと
日本の職人たちによる高品質な製品化で
新潟発のグローバルカンパニーへ

株式会社スノーピーク
経営企画室
上山 桂さん

PROFILE

Snow Peak (株)スノーピークの歴史は、現社長山井太氏の父親である山井幸雄氏が、新潟県三条市に創業した金物問屋 山井幸雄商店にはじまります。登山を趣味とする幸雄氏は当時の登山用品への不満から、オリジナル登山用品を開発。さらに1986年に現社長が入社したことで、オートキャンピングのブランドへ変革を果たしました。オーバースペックと言われるほどの品質へのこだわり、製品の永久保証に加え、テントやテーブルを共通規格で設計するシステム化されたデザインはユーザーの熱烈な支持を得て、今では連結売上高40億円以上、世界20か国以上に販売網を広げる、グローバルブランドへと成長しています。

COMPANY DATA

金物問屋から世界のアウトドアブランドに成長したスノーピーク

二人の親子の経営リレーにより、金物問屋から国際的なアウトドアブランドに成長したスノーピーク。同社は「自らもユーザーである」という理念のもと、江戸時代から金物製造が盛んな燕・三条地域の地の利を活かしつつ、単にモノを売るだけでなく、モノとコトを有機的につなぎ、独自のブランドをつくりあげてきました。今回は、スノーピークが成長した背景とそれを支えてきたスノーピークらしさとはなにかについて、経営企画室 上山桂さんにお話を伺います。


アイゼン

スノーピークの商品を支える地場の中小企業100社

スノーピークの強みは「つくる、つながる」、価値あるものをつくりだし、それをしっかりお客様につなげていくことにあります。
「つくる」は、創業者の山井幸雄が築きあげた部分が大きいですね。登山を趣味としていた幸雄社長は、使い勝手の悪い海外の登山用具も金物の町である燕三条の職人たちの技術を使えば、日本人にあった品質の高い登山用具ができると考え、1959年に登山時に靴に装着させるアイゼンを開発しました。ちょうど1956年に日本人がマナスル初登頂を果たしたこともあり、登山が日本でもブームになっていました。開発したアイゼンは大好評で、職人たちの手打ち製造では追いつかなくなり、さらに燕三条の卓越した鍛造の機械技術を使い量産体制を築きました。
燕三条は燕市と三条市にまたがる地域ですが、昔から三条市は大工道具・刃物、燕市は洋食器・ステンレス製品をはじめとするものづくりの街として知られています。スノーピークでは、現在500品番の商品を販売していますが、その約5割は金物類やテーブルウェア類で、うち7~8割は、この本社から約30km以内の100社にわたる中小企業さんによってつくられています。

本社ファクトリー

スノーピークは、ユーザー目線にたったプロデュース会社

スノーピークは、アウトドア製品のメーカーといわれていますが、実は大きな工場は持っていません。この本社にファクトリーはありますが、つくっているのは「焚火台」という社を象徴する商品だけです。それは、燕三条には多くの技術と顔が見える中小のメーカーさんがいて、自社で製造機能を抱える必要がないからです。ちなみに、燕三条では「石を投げれば社長に当たる」といわれるほど社長が多い、つまりそれだけ中小企業・小規模事業者の数が多いということです。
では、スノーピークは何者かというと、私はプロデュース会社ではないかと思っています。だからユーザーの視点を失ってはいけません。当社のミッションステートメントのなかでも「自らもユーザーであるという立場で考え、お互いが感動できるモノやサービスを提供する」という一文を謳っていますが、この言葉は「つくる、つながる」を示す言葉でもあります。
アウトドアを愛し、ユーザー目線でアウトドアをより快適に、楽しくすることを考える社員とモノづくりの技術が集積された燕三条をはじめとする日本の職人さんたち、その距離の短さが、ユニークな商品を生み出し、また品質に磨きをかけているといえると思います。

落ち込んだ経営を再興させた社長の決断力

創業者の幸雄社長がスノーピークの「つくる」の原点をつくった人だとすれば、当代社長の山井太は「つくる」を進化させ、「つながる」ビジネスモデルをつくった人と言えます。
1986年に入社した山井は、1990年代に訪れるオートキャンプブームを先駆けて捉え、今やスノーピークの定番商品であるマルチスタンドを開発しました。山井は、キャンプシーンで水平な場所を確保する大切さ、快適さを見越していたのです。社員の目から見ても山井がすごいと思うのは、モノを売るというよりも、シーンを考えている。モノの品質がよいことは大前提ですが、シーンからモノづくりを発想するというのは、スノーピークの企業文化だといえます。
スノーピークの「つながる」を象徴するのが、スノーピークのユーザーさんと一緒にキャンプを通じて交流を図る「スノーピークウェイ」です。発端は、オートキャンプブームが去り、アウトドアの市場も縮小、経営が何年も落ち込んでいた時でした。気がつくと、小売店主催のキャンプイベントもなくなっていたので、お客様の声を聞こうとキャンプイベントを開催しました。参加人数は約30名。そこでお客様から、「スノーピークの商品は、質はいいけど高い。欲しい商品が店に揃っていない」というものでした。30名の方はとてもスノーピークの製品を愛してくださっている、それでも満足していただけていない。山井は、お客様の意見を真正面から受け止め、問屋を介さずに店舗への直接販売をするビジネスに切り替え、約800店あった販売店を約200店に絞り込み、その店にはスノーピークの商品を充実させてもらう決断をしました。価格が下がったことでお客様が購入しやすくなり、取り扱いも増え、業績も回復基調になりました。
以来「スノーピークウェイ」は、現在でもお客様の生の声を吸い上げる貴重な場として位置づけられ、2013年も全国で9回開催しています。

スノーピークウェイ

スノーピーク

スノーピーク

もっとお客様に近づき、感動できるモノ・サービスを提供する

しかし、現在のスノーピークにまったく課題がないかといわれるとそうではありません。お陰様で売り上げは好調で、「スノーピークポイント」の会員さんも8万人にまで増えました。
しかしながら「スノーピークウェイ」も参加者の皆さんの数が増えた分だけ、スタッフがお客様と深い話まですることが難しくなってきています。昔からの参加者の方からは、「スノーピークウェイがつまらなくなってきている」という厳しい声も聞かれます。もう一度お客様としっかりつながるのはどういうことかと考えていかなくてはいけません。
その模索をするためにも、お客様の近くにいることが大切だと考え、2011年に50,000坪のキャンプ場を併設した本社をつくりました。会社の規模に対して大きな投資でしたが、次の新しい時代を切り拓いていくためには、必要なリスクだと山井は考えていると思います。
これまでも、これからもスノーピークは、お客様の目線で考え、さまざまなモノづくり、コトづくりをする企業さんとつながりながら、お互いが感動できるモノやサービスを提供していくことを目指していきたいと考えています。

エリアモデレータの視点から

佐野 盛也(新潟県エリアモデレータ)

~「つくる」に込められた大切な視点~
◆自らもユーザーであるという立場でのものづくり
「つくる」となるとどうしても、「作りたい」という作り手の思いが勝り、「ユーザー」が忘れ去られることがあります。その点「自らもユーザーである」という立場で「ものづくり」を行うことで、常に「所有して楽しいか、使って快適か、自分なら欲しいか」が問いかけられ、研ぎ澄まされた「もの」が出来上がるのではないでしょうか。そして、それが「ユーザー」を感動させる「ものづくり」を実現しているのだと思います。

◆使用シーンからものづくりを発想する
従来の技術や価格にこだわった「モノ」を起点とした「ものづくり」は、なかなか「ユーザー」に受け入れられないなかで、「シーン」を起点とし、「そのシーンが必要とするモノ、あったら楽しいもの、快適なものは何か」という視点からの「ものづくり」が重要なのだと思います。この視点は、「ものづくり」にかかわる企業に共通して必要な発想転換であると感じました。

~「つなげる」に込められた重要な視点~
◆お客様としっかりつながるを考える
「ものづくり」において、お客様の生の声を聞くことの重要性はよく言われていますが、なかなか行動に移すことは難しいと聞きます。しかし、「本当にお客様に寄り添い、お客様と真正面から向き合う心意気を持っている企業は、そのための行動を起こすものだ」ということを知りました。また、成長を続けるなかでも、お客様と企業との関係性が薄れてきていることに危機感を感じ、お客様としっかりつながる方法を模索する取組みに感銘を受けました。

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