「戦略を立てる前」に考えること
(vol.1の続き)
戦略の質を高めるために重要となるのは、企業を取り巻く外部環境の変化と自社の資源・能力を的確に把握することである。それらを把握できていなければ、どんな戦略も絵に描いた餅になってしまう。戦略の質は、「戦略を立てる前」のこうした準備に大きく左右される。
戦略論では、外部環境の変化をとらえるためのツールとしてPESTe分析と呼ばれる枠組みがある。これは、環境変化を一面的にとらえるのではなく、P(政治)、E(経済)、S(社会)、T(技術)、e(環境)の各側面から体系的に把握することの重要性を強調するものである。
まず、これら各側面ごとに主要な変化項目をリストアップする。そして、それらが今後企業に与える機会と脅威を検討する。その上で、企業として取るべき行動を計画する。こうした作業を通じて、これからの企業の戦略的方向性を導き出す。
このように書くと、一見簡単な作業のように思えるが、実際には留意すべき点があり、決して簡単ではない。それは特に、リストアップした変化項目が自社にとって機会となるのか脅威となるのかの判断に関係している。たとえば、「人口減少」という社会面での変化は多くの企業にとって一般に脅威とみなされるが、そうした変化に関連した「世帯数」に目を向けることができれば機会が見えてくる。2016年の日本において、人口は確かに減少に転じているが、世帯数は依然増加しているためである。
かつてウィンストン・チャーチルが「悲観主義者は、あらゆる機会の中に問題を見出す。楽観主義者は、あらゆる問題の中に機会を見出す」と言ったように、変化を読み替えたり、関連する変化に着目したりすることで新たな戦略的可能性が浮かび上がることがある。単にPESTe分析のようなツールを知っているだけではなく、それをいかに実践的に使いこなすことができるかということが戦略の質を高めるうえでの鍵となるのである。
次に、戦略を立てる前の準備として同じく重要となる自社の資源・能力について考えよう。いうまでもなく、優れた戦略を立案するためには、その基盤となる自社資源・能力の強みが適切に把握されていなければならない。しかし、自社の資源・能力の本当の強みとは何かを正しく理解している企業は決して多くはない。
たとえば、私が以前訪問したある中小企業の社長による次のコメントについて考えてほしい。「先生、今日はようこそお越しいただきました。これから私の会社を紹介させていただきますが、まずは新しく作った工場にご案内します。そこには、わが社が誇る、“強み”があります。それは、新工場の設立と同時に導入したスイス製の高精度な工作機械です」。この社長が言う「スイス製の高精度な工作機械」は、果たして本当にその会社の強みといえるのだろうか。
ある資源・能力が真に強みであるためには、①それが自社の製品・事業展開を進めるうえで競争上の価値があり、②他社が同じまたは類似の資源・能力を持っていない、③他社が購入するなどして簡単に入手できたり、模倣することができない、④さらにその資源・能力を最大限に活用できる人材や組織が存在しているという条件が必要となる。
戦略論におけるVRIO分析の枠組みは、こうした価値(Value)、希少性(Rareness)、模倣可能性(Imitability)、組織 (Organization) という観点から、自社の資源・能力の強みを把握するためのツールとして用意されている。
優れた戦略は、このような外部環境の変化と自社資源・能力の適切な把握の上に立案されていく。
次回は、戦略の具体的な中身として近年注目されている視点を紹介する。
(vol.3に続く)
この記事の専門家

学習院大学 教授
米山 茂美
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