戦略に社会性を組み込む
(vol.3の続き)
近年注目されている戦略視点の一つとして、前回はビジネスモデルについて説明したが、今回は「共通価値の創造」(Creating Shared Value 以下CSVと呼ぶ)という新しい視点を紹介しよう。
CSVは、2011年にハーバード大学のM・ポーター教授らが提唱した概念で、社会的問題の解決と企業の利益・競争力の向上を両立させ、社会と企業の両者に価値を生み出していこうという考え方である。
CSVに似た言葉としてCSR(企業の社会的責任)があるが、CSRは経済活動の結果得られた利益の中から、一部を社会に還元しようという考え方であり、企業にとってはあくまでも経済活動が主たる関心となる。CSRには文化・芸術・学術振興や慈善行為など社会にとって有益な活動が含まれるが、景気が後退するなどして企業業績が悪化した場合、そうした活動はストップしてしまうことがありうる。
それに対して、CSVは社会的価値と経済的価値の同時追求を基本とすることから、活動自体の継続性が担保される。同じことはNPOの活動にも当てはまる。そこでの社会的問題解決のための活動も、それが一つの事業として採算性が取れなければ持続性は得られない。CSVは、事業に社会性を組み込む、あるいは社会的問題の解決を事業として行うことで、社会と企業の両者に役立つ価値を継続的・持続的に創造していくことを意味している。
それでは具体的に、こうしたCSVの考え方はどのように実現されるのだろうか。
第一は、社会的問題の解決に資する製品・サービスを提供することである。
それは、社会的問題を事業機会ととらえ、それに関連する製品・サービスを開発・導入していくことであり、トヨタ・プリウスなどのハイブリッド車や、米GE社による太陽光発電や風力発電、海水の淡水化等の環境問題の解決を目指した「エコマジネーション事業」などが代表例とされる。
第二に、バリューチェーン(価値連鎖)の強化を通じて社会的問題解決と企業の競争力向上を両立させることが挙げられる。
バリューチェーンとは、調達から生産、物流、販売にいたる一連の業務活動のほか、研究開発や人材育成等の管理活動など、企業の付加価値の創出に関わるすべての活動の体系を指す。このようなバリューチェーンの強化に関して、たとえばスイスのネスレ社は、途上国の貧困地域におけるコーヒー農家を支援し、労働環境や生活水準の向上に貢献するとともに、限定された産地でしか入手できない高品質なコーヒー豆の安定調達を実現することで自社の事業競争力を高めている。
第三の方法は、製品・サービスやバリューチェーンよりもさらに大きな視野に立ち、企業の事業基盤となる地域社会の発展に寄与することである。
自社の事業展開地域における人材の育成や周辺産業の活性化、輸送インフラの整備などは、その地域の発展に大きな役割を果たすことは言うまでもなく、そこに拠って立つ自社の持続的な成長と競争力向上の礎となる。たとえば、マイクロソフトなどのIT企業のいくつかは、事業を展開している地域でのIT教育を支援している。そうした支援は地域の発展を促すとともに、域内に不足しがちなIT人材の確保を可能とする。
企業が社会的な問題の解決に、従来のCSRのように後付的・受け身的ではなく、能動的に関わっていくことは、企業の革新性にとっても重要である。イノベーションのアイデアの源泉は決して経済活動の中だけにあるのではなく、社会的課題の中にも多く存在する。
その意味で、CSVへの取り組みは、単に社会的存在としての企業の価値を高めるだけでなく、将来の企業革新に向けた新たなステップにもなる。
(vol.5に続く)
この記事の専門家

学習院大学 教授
米山 茂美
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