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ビジネスで役立つ 交渉力強化のポイント

  • MDN
    早稲田大学紛争交渉研究所
    鈴木 有香
    profile

    大学での授業のほかに、異文化教育コンサルタントとして、企業研修、外国語学習教材開発、教師養成、ファシリテーター、ミディエーター養成など、日本人成人のための異文化理解、コミュニケーション教育に幅広い形で従事。
    著書に、『人と組織を強くする交渉力-コンフリクト・マネジメントの実践トレーニング』(自由国民社)

「駆け引き型」交渉を乗り越える

共創を促すための協調志向からの問題解決(コンフリクト・マネジメント)

早速ですが、ちょっと頭の体操から始めましょう。

「想像してみて下さい。あなたは国境線を挟んでAさんと向かい合って立っています。国境線の内側はそれぞれの領土です。課題は『目の前の相手を自分の領土に入れること』です。さて、あなたはどうしますか」

これは私の研修で必ず行う課題です。同僚同士や遠慮ない相手だと話し合いすらせず、単純に引っ張り合う方法を取る方が多いのですが、これは交渉とは言えません。交渉とは意見や利害の異なる状況において、当事者が話し合いを通じて解決案を創出していくプロセスを意味するからです。

では、対面している相手が先輩、上司だったりすると、引っ張り合いよりは、「来たら、1,000円あげますよ」などと、駆け引きする会話が取り交わされます。あるいは、自分たちでルールを設定し、ジャンケンで負けたほうが動くというシナリオもあります。
いずれの場合にも、必ず勝者と敗者が出る解決方法で基本的には「勝ち・負け」にこだわる競合的志向が両者に内在しています。通常、勝者となるほうが敗者より「力」があります。実社会では、地位、財産、情報量などが「力」になります。

他には、国境線をお互いに跨ぎ合い、引き分けにするペアもいます。「まあ、半分、半分ということで、公平ではないかと」いう理由です。しかし、これも「自分が相手の領土へ行ったら負け」という発想が根底にあるので前述した競合志向から問題解決に取り組んでいると言えるでしょう。それは妥協の産物であって「ウィン・ウィン(Win-Win)」ではありません。

ウィン・ウィンは競合志向からでは生み出されません。勝ち負けの視点ではなく、相手を問題解決のためのパートナーとして認識した上で、お互いが満足できる解決案を創造していく志向性のことです。最近は競争でなく「共創」という言葉も使われます。すなわち、異なる人々が一体となり協力して新たな価値を創造することです。

「協調志向」から課題を捉え直すと、課題の指示は「相手を自分の領土に入れること」だけであり、そこに「勝ち、負け」の設定はないのです。したがって、単純に双方が場所を入れ替われば、両者の目的は達成されるのですが、競合志向にはまっている時はそれに気がつけないのです。

技術の進歩、社会の変化は加速的に進み、職場の在り方、仕事の仕方も随分変わりました。こうした中で、正解は一つと決めつけるような競合志向では限界があります。

むしろ、かつてないほど職場に多様な人々が存在していることを資源に「共創」をもたらす協調志向で問題解決に臨む時代になってきたのです。

聴くことが問題解決の糸口に

問題分析の視点と解決の方向性
とかく交渉というと、「相手にどう伝えるか」という点に注目しがちですが、交渉の達人は「聴く」ことが上手です。聴くことによって相手から情報を収集し、解決の糸口をつかむことができるからです。

ある工場の生産ラインの現場責任者である大熊さんに配置転換の辞令が下りました。大熊さんは真面目な後輩の前田君を後任に抜擢しようと思い、本人に伝えたところ、「僕はまだ入社2年目で経験も浅いですし、現場の皆さんも納得されないと思うんですよ」と固辞するのでした。さて、あなたが大熊さんなら「年齢なんて関係ないよ。君の能力は高いし、十分リーダーとしてやっていけるよ」と説得しようと試みますか。

交渉の初期に双方の主張の対立が出てきます。上記の場合は大熊さんが「現場責任者になってほしい」、前田君が「責任者になりたくない」という主張です。こうした表層の相違点を立脚点(ポジション)と言います。ここに執着してしまうと、平行線になり解決案の創出は難しくなります。では、何をすればいいでしょうか。
それは「尋ねること」です。なぜ、現場責任者になりたくないのか前田君のニーズ(主張の背景にある理由や事情の詳細)についての情報を収集することです。

「年齢が若いという点が不安なようだけど、他に何か思うことがあったら率直に聞かせてくれないだろうか」と大熊さんが穏やかに尋ねると、前田君は言葉を選びながら語り出しました。「僕は大学も大学院も男子だけの研究室で...(中略)、来年度からこの生産ラインに女性のパートさんを導入するという話を聞いていまして、女性に対してどう接していいかと...」

前田君のニーズは「女性に対するマネジメントについての不安を解消したい」ということになります。大熊さんも率直に自分のニーズを伝えました。「これまで通りチームワークで質の高い仕事をやってほしい。また、現場の経験を踏まえて前田君に成長していってほしい」と。

立脚点を掘り下げてニーズを探求すると、双方の求めているものが必ずしも対立していないことがよくあります。そして、双方のニーズが実現できるような解決案を作り上げることがWin-Winの問題解決になります。
すなわち、「男性だけの職場に女性が入る際への配慮とマネジメントの方法について前田君が自信をもてるようにし、かつチーム業務が円滑に進むにはどうしたらいいか」という問いから両者で解決案を作り出していくプロセスに入ります。この段階では大熊さんと前田君は対立者ではなく、一緒に問題を解決するパートナーという関係になります。

交渉とは相手を説得して自分の主張を押し付けることではありません。相手の胸襟を開き、表層の主張ではなくニーズを探求していくことが肝心です。そのためには、普段から率直に話せる人間関係を築くことが近道になります。

「鳴かぬなら ニーズを探れ ほととぎす」

己を知ることと環境設定が重要

交渉の事前準備
交渉の前の準備として、最も大切なことは、この交渉を通じて何を得たいかという自分自身のニーズを明確にすることです。

契約社員の津村さんは、あるプロジェクトの会議中に上司の棚橋さんから突然「そんなことは聞いていないよ!」と叱責を受けました。
「前回の時に、申し上げましたが」と落ち着いて説明しようとしている言葉を棚橋さんは遮り、「オレは聞いていない。困るんだよ」と怒鳴られながら、こんなことを考えていたそうです。
「今、何を主張しても棚橋さんは聞く耳をもたない。ただ、私は間違ったことはしていないから、彼に謝る必要はない。しかし、後で契約打ち切りなど急に言われるのは困る。そして大した仕事もしない彼に公衆の面前で罵倒されているのも許せない」

津村さんのニーズの優先順位は「契約の継続、自分の正当性への理解、怒りの解消」でした。棚橋さんは、津村さんが謝罪するまで叱責を続けそうな勢いでした。その時、他の会議参加者は何もできず固まっている状態でした。
津村さんが黙って返事をしないでいると、「そういう態度なら、こちらも考えがある!」と棚橋さんは言い放ち、部屋を出ました。この時、津村さんはチャンスと思ったそうです。

彼女がまず、やったことは進行役の曽根さんに涙声で全身を振るわせ、「私、どうしたらいいんでしょう。考えがあるとおっしゃっていましたけど、私はどうなるのでしょうか」と尋ねたのです。
棚橋さんの叱責からこの問いかけまでの津村さんの一連の流れは会議参加者20人の誰しもがパワハラの被害者と認識する構図でした。

「ハラスメント研修などに力を入れている会社だったので、特に自分が脅されたということを印象づけるように曽根さんに問いかけることをあえてやりました」というのが津村さんの戦略でした。
「棚橋さんに人事権はないし、今のことで一番損をしたのは彼でしょう」と言われたそうです。

自分のニーズが明確であれば、相手の反応や状況の変化に対応しながら戦略を選択することができます。結果はそのプロセスの中から生まれてくるので、結論を決めて取り組む交渉とは異なります。津村さんは会議参加者という別のリソースを見つけ、その人々を自分の味方にすることでコンフリクト解決を図ったのです。

話は変わりますが、私たちの言動はその時々の「場の雰囲気」に影響されます。サッカーの試合と同様に交渉もアウエーよりはホームで行うほうが有利です。対等な交渉の場には第三の場所がふさわしいでしょう。

さらに、机や椅子は権威や力関係をあらわす小道具ですから、参加者全員が同じものを使い、配置への工夫が必要です。家具、部屋の明るさ、室温、時間設定などの配慮から心地のよいコミュニケーションの場を演出することができます。
実際に協調的に対等に交渉をしようと思うのであれば、そのコミュニケーションの目的が反映される環境づくりが重要です。

協調的交渉は「対話」を大切に

協調的交渉の具体的な進め方
最近の飲食業界ではパートや学生アルバイトなどの協力なしに業務を遂行することは難しくなっています。
正社員から見れば、学生アルバイトは自分の都合でシフトを変更したりするので、頼りなく映っているかもしれませんが、一方でアルバイトの労働力に頼っている現状もあります。

ある和食店ではベテランの料理長と調理スタッフは正社員でしたが、配膳をするホール係は学生アルバイト3人でした。注文された料理をスムーズに客席に出すまでには調理場とホール係の連携は欠かせません。
しかし、混雑する週末などはいくつかの配膳ミスが生じました。そのたび、料理長から一方的にホール係が叱責を受けることが続いていました。一方、ホール係は通常の手順を踏んでいるのにもかかわらず、料理が30分以上出てこないこともあり、調理場サイドの問題もあるのではないかという不満が募っていました。
そこで、料理長に訴えたところ、「オーダーは聞いていない」、「いや言った」といった水掛け論に終わってしまいました。この交渉はどちらが正しいか、間違っているかという主張だけのディベート的な展開でした。

協調的交渉はむしろ、対話(ダイアログ)を大切にします。正否を決めることではなく、メンバーのそれぞれの体験や意味を共有するために率直に語り合い探求していく結果、共通認識や新しい知識や行動を生み出すことを目的とします。

学生アルバイトからの不満を聴いた店長は料理長、調理場スタッフ、学生3人を集め、話し合いの場を持ちました。
まず、店長は話し合いに集まったメンバー全員に感謝を示し、「混雑時の連携がスムーズにいくために何ができるかを一緒に考えましょう」と目的を明示し、学生たちには「日頃、言いたかったけど、言えなかったことを遠慮なく言ってください」と力づけました(エンパワー)。
その上で、店長は「通常はどんな流れで料理を出しているのか」「その日の混雑の状況はどうだったのか」など、特定のミスが起きた状況を明確にしていく質問を双方にしていきました。

それによって、調理場サイドとホール側からの事実認識が共有され、ミスが起こった全体像が浮かび上がりました。
具体的には注文伝票を調理場に渡す時の声掛けが形式的になっていた点が双方で確認できました。
すると、声掛けの時、ホール係と調理スタッフとが必ず目を合わせるという具体的な改善策が立ち上がってきました。

また、この話し合いの中で調理場からは見えないお客さんの様子やホール係の対応を知った料理長からは「学生バイトとはいえ、君たちも真剣なんだね」という労いの言葉が出てきたのです。
「料理長からの一言で心のわだかまりが解けていった気がしました」というのが学生たちの感想でした。
店長は正否の判断を下したのではなく、立場の異なる人々が相手側への理解を深めた上で、双方で改善策を作り上げる対話としての協調的交渉をファシリテートしていたのでした。

交渉には感情のコントロールを

感情が交渉に与える影響
いつもなら自信に満ち、弁舌さわやかにプレゼンテーションをする小林さんが今日は声に力もなく、顧客からの質問にも当意即妙で答えることができませんでした。
理由を尋ねると、書類のミスの件で上司から1時間ほど説教を受けていたとのことです。その気持ちを引きずったために、いつもの能力の発揮ができなかったそうです。否定的な感情にとらわれたとたん、いつも通りの能力を出すことすら、ままならなくなります。自分の心の状態が交渉時の行動に大きく影響します。

相手の状況を把握するには、よく見ること、そして何よりよく聴くことです。
相手の言葉に耳を傾ける「傾聴」をさらに深めて、「敬聴」をしてみましょう。その心は、「教えてください」「学ばせてください」。謙虚に話を聴くことで見えてくるものがあり、次の一歩につながります。

さらにコミュニケーション力を発揮するなら、「楽聴(らくちょう)」を取り入れてみましょう。「楽聴」とは、文字通り楽しそうに、興味を持って話を聴くことです。義務感や使命感ではなく、関心を持って話を聴いてもらうと、相手は話しやすくなり、信頼関係も生まれます。

否定的な感情にとらわれた時、私たちは自分を守ろうとして、相手のニーズを知ろう、配慮しようという余裕がなくなります。したがって、自分の主張を押し通す一方的なコミュニケーションか、相手に服従してしまうコミュニケーションをとる傾向があります。

交渉可能な感情レベルの第一段階は「自分の感情を自覚し、意識的にコントロールできる」状態です。
第二段階は「まだ我慢はできるが、長くはもたない状況。姿勢、表情、筋肉、声が緊張し、余分な力が入ってきている」状態です。一見、話し合いにはなっていますが、すでに相手の言動を客観視することが難しくなっています。
ここで第一段階に戻さなければ建設的な交渉にはなりません。
なぜなら、第三段階は行動のコントロールができないほど感情が高ぶるからです。声を荒げたり、机をたたくなどの行動が見られます。

まず、最初にすべきことは自分の感情に気がつくことです。ただ、「辛い」、「不安だ」という気持ちがあっても、それを受け止めず「頑張ってしまう」人が組織人には少なくありません。
しかし、自分の感情に気づかなければ、コントロールはできません。自分自身が知っているからこそ、感情を切り替える行動ができるのです。

そして深呼吸です。息を吐くたびに身体の緊張もいっしょに吐き出しましょう。
ゆっくり5回程度やっていくと、感情が切り替わっていきます。もし、休憩が取れるのであれば、お茶を飲んだり、好きな音楽を聴いたり、とにかく異なる行動をすることで感情を変化させることができます。

また、合意に至らなくても良いのであれば、他の選択肢を考えてみるのも一手です。これは「BATNA」(バトナ、次善策)と言われるものです。「BATNA」によって、交渉を決裂させる強さを得ることができます。

「BATNA」の作り方の手順は以下のようなものです。
①交渉が決裂した場合の対応策をリストアップし、②その中から見込みのある案を選び、改良を加え、現実的に可能な案を創出する。③その中で最良と思われる案を暫定的に選ぶ。④相手側から提示された今までに一番いいと思われる申し出と比べる。

なお、相手の感情レベルの把握も重要です。相手が第二段階であると判断したら、とにかく傾聴しましょう。相手の感情が鎮まるまで、何を言ってもあなたの主張が受け止められることはありませんから。

コンフリクト時代の交渉の視点

交渉をWin-Winにするためのポイント
もはや経済は国境を越え、遠国の政治、経済状況が日本に影響を与え、テクノロジーの急速な発達は我々の移動手段やコミュニケーションを大きく変えました。
TPP、税制改革など我々の生活にかかわる諸制度も変化しています。絶え間ない変化の中にいる私たちは、その変化に戸惑い、どこに正解があるのかを求めています。

しかし、変化が加速化する中では、過去の成功事例が参考にならない事態も起きています。
これは、コンフリクト(衝突、葛藤、対立)が多発する時代にあって、交渉においても同じです。

交渉においては、正解はあるのではなく、「私たち自身が正解を創るもの」という前提に立つことが出発点になります。そして、「相手に自分の正しさを説得することが交渉である」というイメージを払拭しましょう。

「相手は自分の知らない情報や知識を持っている」からこそ、まずは相手に問いかけ、情報共有度を高めることで、選択肢を広げ、よりよい解決案を創出することが交渉のプロセスになります。

マサチューセッツ工科大学の元教授のダニエル・キム氏は、成功するチームにはある循環があると述べています。
「人間関係の質」がポジティブで前向きであれば、「メンバーの思考の質」もポジティブになります。
そして、メンバーからの「行動の質」も高められるゆえにより良い「結果」が生み出されます。
「結果」が良ければ、さらに「人間関係の質」が高められるという好循環を説明しています。つまり、結果の前のプロセスへの注目が重要なのです。

競合志向にとらわれすぎると、短期的な視点で自分が有利になることを注視します。
例えば、企業業績の数値目標達成のために無理をした結果、不正な会計処理を誘発し、さらにイエスマンに囲まれたことで長期化し、不信感が拡大しました。

一方、協調志向は、個々人の「異なり」、「自律性」を認めます。そして、「異なり」をリソースとします。様々な観点から問題を検討し、関係者全員にとっての最適解を探求するプロセスです。

そのための一歩は自分を良く知り、相手を良く知ろうとするところから始まります。相互理解が深まった関係ほど、最初に意見が異なっても率直なコミュニケーションが可能になり、意見の異なりの背景的事情や理由などが共有されるほど、問題の本質が浮上し、解決策への選択肢が増加します。

ソーシャル・ネットワーキング・システムの普及によって、自分の知り合いを6人以上、介すると世界中の人と間接的な知り合いになることが可能だという説があります。世界はつながり、自分の行動は巡り、巡ってくるのです。

そうした大局観を持ちながら、まずは自分の目の前の人との関係性を高めることから、交渉における最適解への探求が始まるのです。

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