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新しいコミュニケーションが社会を変える?

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    明治学院大学 経済学部経営学科教授 森田 正隆
    profile

    2001年、慶應義塾大学大学院経営管理研究科博士課程単位取得終了。
    2004年、博士(経営学)/慶應義塾大学。
    専門は、経営情報システム/マーケティング情報システム/コミュニケーション。情報化時代の購買行動とそれに対応した流通システムについての事例分析や国際比較調査、ネット・コミュニティの分析、デジタル・メディアを活用したコミュニケーション戦略などについての調査研究を進めている。

    公式サイト

輸送と情報通信の革新が社会を変える

みなさん、こんにちは(^O^)/
「私は経営学者で情報技術が企業や市場に与える影響について研究しています」なん書くといかめしいですよね。まあ、「コンピューターとかインターネットって社会をどんな風に変えていくのかな?わくわくするね!」なんてことを日々考えたりしているわけです。

さて、これから「新しいコミュニケーションが社会を変える?」というテーマでペンを取らせていただきます。実際はペンなど手にしておらず、キーボートをペタペタ叩いているわけですが(笑)

ぶっちゃけて言うと、TwitterやFacebookみたいな目新しいコミュニケーションの道具が出てきて、これからどんな変化がわれわれの仕事や暮らしに生じていくのかをご一緒にちょいとお考えいただければいいなと思っているわけです。

というわけで、お堅い生産性新聞の紙面上ではありますが、この連載では新しいコミュニケーションの萌芽の一例としてTwitterの表現制約やマナーを採用いたします。

実験的な試みですし、「真面目にやれ」というお叱りも受けるかもしれませんが、目くじら立てずにお付き合いいただけるとうれしいです。これから140文字以内の平易で友達に語りかけるような文章を連ねることで、この連載を進めていきたいと思います。顔文字だってでてきますよ。\(^O^) ☆☆☆(^O^)/

人類の祖先は木の上で暮らしていたサルだったわけですが、そこから地上に降りてひょこひょこ二足歩行を始めて狩猟生活に入ったそうです。たぶん、数十万年ほどそんな狩り暮らしが続いた後、一万年くらい前に農業を覚えて定住社会に移っていきました。

その後の人類社会に大きな変化をもたらす原動力となったのは輸送と情報通信における革新でした。車輪や船の発明はモノを遠くまで運ぶことを可能にし、人々の行動範囲や生活圏を大きく拡大し、国家の成立を促しました。

文字や紙の発明は、知識の記録や継承を促進するとともに、先の輸送手段の発達と相まって遠くに情報を伝達することを可能にし、文明の版図を広げていく助けとなりました。

つまり、モノと情報の流れに革新が起きる時、人類の社会にも大きな変化が起きてきたといえるわけですね。

そして、18世紀以降の鉄道や蒸気船、自動車や飛行機、そして電信や電話、ラジオやテレビなどの発明と普及が、今われわれが暮している大量生産と大量消費に立脚した国民国家の成立と国際社会の発展を促してくれたといえます。

そうなると次は、21世紀における輸送と情報通信の革新とは何か、そしてその革新はどんな変化を社会にもたらすのかを考えてみたくなりますよね。ということで、次回からそれらについて一緒に考えていきましょう(^-^)/

コミュニケーションとコラボレーション

初回に宣言したとおり、引き続きTwitterのつぶやきっぽく、若き友人に話しかけるような語り口でお送りします(^o^)/
さて、前回は輸送と情報通信の革新って人類社会にすごい変化をもたらしてきたよねという話でした。では、なぜそのようなことが起こるのでしょうか?

まあ簡単に言うと、モノや情報が遠くまで高速で行き来できるようになると、市場が拡大するからなんです。アダム・スミスが言ったとおり、市場が大きくなるにつれて分業がどんどん細分化しながら発展していきます。

私は作物を育てたこともなければ、ましてや自動車なんて作ったこともありません。しかし、毎日おいしくご飯を食べて車にも乗っている。誰だか知らない人たちが細かく分かれた仕事に従事して、その成果物が市場に流れてきてお金で買えるからそういう暮らしができるわけです。

中東の石油、豪州の鉄鉱石、中国のレアアースといったように世界中から集められたモノが組み合わさって自動車などの製品が作られていきます。よくよく考えるとすごい事ですよね!1万年前まで文字も持たずに流浪の狩猟生活を送っていた生き物が作った社会とは思えないほどです。
では、モノが遠くまで速く運べるようになるだけで市場は大きくなり、分業社会は発展するのでしょうか?

分業にはたくさんの人たちの間で意思を通じ合わせながらコラボレーション(恊働)したり取引したりすることが必要です。コミュニケーションによって恊働が促進されて分業が回り始め、その成果物である商品やサービスが遠くの人々にまで届き、その地での生産や消費に供されていくわけです。

情報通信の革新は、人々の間におけるコミュニケーションという情報の流れに影響を与えることで、分業社会における恊働を促進し、社会を大きく変えてきたわけですね。

堅苦しく考えなくとも、みなさんの職場で文字も絵も身振り手振りも禁じられて、上司や同僚あるいは取引先や顧客と意思疎通が全くできない状態に陥ったらと想像してみてください。あるいは、宇宙人と一緒に働いたり、取引したりする場面を思い浮かべてみてください。私だったら「そりゃ無理っす」と弱音を漏らします(^^ゞ

電信によってニューヨークとシカゴの商品相場の間では瞬時に取引価格が伝わるようになり、価格差が収斂しました。電話の普及によって本社が地方支店の動向を日常的に管理できるようになり、のれん分け方式を採らない全国区の企業が誕生していきました。

コピー機やファックス、パソコンや電子メールなどの道具も職場や組織間における情報の記録・伝達・共有などを効率化して、仕事の様式や働き方、そして取引の範囲まで大きく変えていきましたよね。それら抜きで今やどんな仕事ができるか、考えてみたらぞっとするはずです。

要約すると「情報通信の革新 → コミュニケーションが変わる → コラボレーションが変わる→分業社会が発展する」という流れになりますね。さて、肩ならし&地ならしはこれくらいにして、次回は、「今起こっている変化の流れ」についてつぶやいてみたいと思います。どうぞお楽しみに(。・ω・。)/

新しいコミュニケーション様式の台頭

前回は、情報通信の革新がコミュニケーションに変化をもたらすことによってコラボレーションのあり方に影響を与え、その結果われわれの分業社会が発展してきたという話をしました。
今回は、「今起こっている変化の流れ」について、これまで通りTwitter風につぶやいてみたいと思っています(^o^)/

日本で携帯電話が一般の人々に本格的に普及しはじめたのは1990年代の後半のことです。ほぼ同じ時期、Windows95の発売を機にインターネットの普及も始りました。そして、今では人口とほぼ同じくらいのケータイがこの国にあふれるまでになりました。

21世紀に入って両者の融合が進み、ここ数年は急速にパソコンよりも携帯機器を使ってのインターネット利用の方が一般的となってきました。いわゆるスマホのブームがその象徴でしょう。あらゆる人々の手元に一人一台のネット接続端末があるのが当たり前という時代になってきました。

20世紀の電話は複数の人間で共有する「家庭の電話」「職場の電話」だったため、電話を取る時には個人名ではなくまず名字や会社名を名乗りました。しかし、21世紀の電話は「個人のモノ」であり、音声だけでなく、動画や写真、文字や音楽などもやり取りできる、「パーソナルな通信媒体」に進化したわけです。

そして、24時間持ち歩く完全にパーソナルなネット端末が普及したことによって、新しいコミュニケーションの様式が広まってきています。短いメッセージを頻繁にやり取りするスタイルです。しかも「1対1」だけでなく、「1対多」や「多対多」もアリです。代表例は、メッセージングやTwitterですね。

電子メールがその名のとおり、「手紙」の代用であったのに対して、これらの新しいサービスは全く新しいコミュニケーションをもたらしつつあります。大勢でのおしゃべりのようでもあり、ひとり言のようでもあり、あるいは親密な会話のようでもあり、街頭での演説のようでもある......。

手紙とも電子メールとも、そして会話とも電話とも異なる、21世紀オリジナルのコミュニケーション様式が誕生しつつあるのです。SNSが社会に与える影響というのは、人々がつながること以上に、コミュニケーション様式に変化をもたらしていくことの方がはるかに大きいのではないかと私は考えています。

この新しいスタイルには、「拝啓・敬具」も「貴社ますますご清祥の段」も似合いません。絵文字や顔文字、そして「タメ口」の方が似合いますし、むしろその方が効率的ですらあります。

私は、これらの新しいコミュニケーション様式が社会に受けいられていくことによって、仕事の面でも生活の面でもコラボレーションをさらに進化させていくことが可能となり、分業社会の新たなステージに進むことができるのではないかとワクワクしています。

次回は、この新しいコミュニケーション様式がわれわれの生活に与える影響について、つぶやいてみたいと思います。よろしく(。・ω・。)/

新しいコミュニケーションで何が変わる?

前回は、24時間持ち歩くパーソナルなネット端末であるケータイやスマホが普及したことで、短いメッセージを頻繁にやり取りする21世紀オリジナルの新しいコミュニケーション様式が登場してきたという話をしました。今回をその影響についてつぶやいてみたいと思います(^_^)/

ご覧のとおり、この連載は生産性新聞としては異例の横書きですし、表現も口語調で、しかも顔文字まで登場するという破天荒ぶりです。つまり、Twitter風です。「ふざけてるんじゃないか」と思われているかもしれませんが、これも新しいコミュニケーション様式の実例をご紹介しようと思っての挑戦です。

主にパソコンでネットを利用していた時には、昼休みにちょっとサイトを見るとか、家に帰って「よっこらしょっ」とメールチェックから始めるといった感じでした。ところが、ケータイの高機能化やスマホの登場によって、どこでもネット利用が可能になり、写真や動画を撮影してアップすることさえできるようになりました。

コミュニケーションとは、情報の伝達と共有です。そして、共有される情報には(1)客観的な事実や事柄に関するものと、(2)主観的な評価や感情に関するものの二種類があります。「明日の天気予報は雨」というのは客観的情報ですが、それを受けて「いやだねぇ。出かけるのはやめたいな」というのは主観的情報になりますね。

これまで主観的情報の伝達は主に個人間での手紙・会話・通話といった「1対1」あるいは「少対少」の閉じた媒体でおこなわれてきました。演説するような機会のない一般人の人にとってはマスメディアに取り上げられることでもない限り、「1対多」や「多対多」の場面で感情や評価を伝達し共有するという場面はほとんどなかったことになります。

主観的情報は各人で異なるため、本人が記録したり積極的に伝達しなければあっという間に形を変えたり、消えてしまったりします。一方でそれぞれの人間の感情や態度あるいは評価というものは、人が人を理解し共感を醸成していく上でとても大事な情報ですよね。

ひとり言のようでもあり、会話のようでもあり、会議のようでもあり、そして演説のようでもある......。Twitterのように短いメッセージを頻繁に公開の場に送ることができれば、客観的情報だけでなく、感情を含んだ主観的情報が記録されてこれまでよりも多くの人々の間で共有されやすくなります。

「桜満開」という情報よりも、それに添えられた「(*^_^*)」という顔文字で伝わる感情の方がはるかに意味のある情報じゃないでしょうか?写真も添えられていれば、さらに気持ちが伝わるかもしれませんね。また、おっかない人の微笑ましい子煩悩ぶりをネットで見て、見方が変わることもあるかもしれません。

主観的情報の共有が進むことで、人々の付き合い方が変化していったり、他の人の好みや価値観に触れたりすることで、社会的な学習や相互理解が進んでいくことが期待できます。
次回は、仕事に与える影響についてつぶやきますYO!(。・ω・。)/

新しいコミュニケーションで仕事が変わる?

前回は、Twitterのように短いメッセージを頻繁にやり取りする新しいコミュニケーション様式によって、感情や評価を含んだ主観的情報の記録と共有が促進されていくという話をしました。今回は仕事への影響についてつぶやいてみたいと思います(^_^)/

私は3月末まで1年間アメリカの大学に滞在してきました。世界中から学生や学者が集まってきていて、共通語である英語もそれぞれの母国語訛りで飛び交います。多少文法がめちゃくちゃでも、あるいは片言であっても伝わればOKといった鷹揚さがありました。

アメリカでもTwitterは流行っているのですが、日本語と同じ140文字の制限では伝わる情報量がとても少ないと感じます。表意文字と表音文字の違いは思った以上に大きいです。そこで、彼らも「You are too good」と書くところを「u r 2 gd」などと圧縮したりして工夫しています。

顔文字も使いますし、意外なことに日本発の絵文字もiPhoneが正式採用したおかげで少しずつ広まりつつあります。私のカタコト英語でも、簡単な圧縮表現や顔文字&絵文字を駆使すれば、思いのほか気持ちや思いまで伝えることが可能でした。

帰国して思うのは、礼儀作法や敬語などが外国人に対する障壁になっているなあということです。片言でタメ口の日本語しか喋れない外国人はアウトサイダーあるいは戦力外として扱われ、接客などの現場に出してもらえることもありません。
このことが外国人を含む多様な人材を企業が取り入れる際の障害になっているだけでなく、組織内でのコミュニケーションをも硬直化させて非効率なものにしている原因のひとつなのではないでしょうか。

コミュニケーションには、垂直的なものと水平的なものとがあります。上下関係などがはっきり存在する場面には垂直的なものになりがちです。たとえば、平社員は会社の幹部に対しては敬語を使うでしょうし、ズケズケとツッコミを入れることもまずないでしょう。あるいは「接客でタメ口」というのもまずあり得ないでしょう。

垂直的コミュニケーションでは、客観的情報に比べて主観的情報が伝わりにくいという欠点があります。たとえば、先の例であれば、平社員は幹部に対して怒りや喜びという感情を露わにはしにくいですし、販売員が顧客に「その服似合わねぇよ」とは言えませんよね。

しかし、コラボレーションやイノベーションは水平的なコミュニケーションによって感情や評価という主観的情報が共有されなければ活性化しません。組織をまたいでいろんな人たちと仕事をしていく上でも、オープンで水平的なコミュニケーションが欠かせません。礼儀や敬語にうるいさいだけの堅物オヤジには若者も外国人も寄り付かないでしょう。

新しいコミュニケーション様式を企業が積極的に採用することで、組織内だけでなく組織をまたいだコミュニケーションが活性化するとともに、多彩なパワーを素早く取り入れていくことができると思います。
短いメッセージやタメ口、そして顔文字や絵文字をバリバリ使って迅速に効率良く思いを伝え合う企業が新しい時代を拓いていくのではないでしょうか(。・ω・。)/

新しいコミュニケーションで社会を変える

さて、今回は新しいコミュニケーション様式がわれわれの社会に取り入れられて完全に馴染んでいった時にはどのような様子になるのか想像してみましょう(^_^)/

まず、会社の中での情報伝達のモードが変わります。日々の報告は「時々あるいは刻々のリアルタイム共有」に取って代わられるでしょう。短いメッセージの中に顔文字や絵文字も盛り込まれ、感情や評価も含めた生々しい情報が簡潔なタメ口でやり取りされていきます。

そして、行動データも含めて自動的に共有され、メッセージとともにログとして蓄積されていきます。1日や1週間を振り返り、過ぎ去った過去を形式的な固い文章で報告書にまとめていくといった、主観的情報も抜け落ち鮮度も低下してしまいかねないコミュニケーションは減っていくでしょう。

次に、組織をまたいだコミュニケーションも変わっていきます。保守的でお固い、保身しか考えていないような紋切り型の文章を顧客に見せて満足するといったことも減っていきます。気持ちが効率的に伝わり理解が得られるなら、お客さまにだって顔文字や絵文字、あるいはタメ口でもOKというふうに変わっていきます。

取引先や得意先とのコミュニケーションにも儀礼や保身を排したリアルタイムの短いメッセージ共有が採用されていきます。組織間の垣根を低くし、感情や評価といったその人固有の主観的情報が伝わりやすくなることによって、客観的情報の共有も進み、コラボレーションやイノベーションの回転がよくなっていきます。

思いや感情あるいは気づきや評価といった、これまでほとんど伝わることなく消え去っていった主観的情報の伝達と共有が進むことによって、組織内においても、組織間においても「知や情の巡り」がよくなっていくことでしょう。

そして、そこでは簡単な外国語表現だって混じり込んでいく余裕が出てきます。感情や評価は万国共通の絵文字や顔文字で表現したっていいのです。そうすると、若者や外国人といったこれまでアウトサイダーとみなされていた人たちとの間にもコラボレーションが広がっていく可能性が高くなります。

さて、これらは夢物語でしょうか?敬語も礼儀作法といった日本の良き文化や伝統を破壊するものでしょうか?私はそうは思いません。言文一致体が広まってからでさえ百年ちょっとです。戦前の新聞の横書きタイトルは右から左に向かって文字が書かれていました。

われわれは常に新しいコミュニケーション様式を社会に取り込んできました。外国語だってカタカナの持つ驚異的な柔軟性で和語のように吸収してきました。「さぼる」だって、語源はサボタージュです。左から右への横書きが普及したのも戦後のことです。

英語を社内公用語にするのもいいかもしれませんが、それ以上に短いメッセージを頻繁に発言し共有し合うという新しいコミュニケーション様式を積極的に採用した方が、社内外の情報伝達や共有が効率化するとともに活性化し、企業の未来が開けていくような気がします。

最後までお読みいただきありがとうございました。また会う日まで、さようなら(。・ω・。)/

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