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ストレスチェック義務化が問う職場の今

  • MDN
    公益財団法人日本生産性本部メンタル・ヘルス研究所 根本 忠一
    profile

    1982年明治大学卒業後、民間企業を経て、1988年に(財)日本生産性本部入職。ほぼ一貫してメンタル・ヘルス研究所で、企業調査を通し産業人のメンタルヘルス研究に従事。
    企業以外にも労働組合や自治体、生協等にも関わる。調査分析とともに講演や執筆活動も行う。著作に「今を生き抜く 幸せに働き、喜んで生きるための36章」(コープ出版)

  • MDN
    日本CHRコンサルティング 代表取締役
    日本精神科産業医協会 共同代表
    渡辺 洋一郎
    profile

    昭和53年 川崎医科大学卒業、昭和58年 同大学講師、昭和61年 神戸アドベンチスト病院心療内科 入職、昭和63年 渡辺クリニック 開設、平成9年 大阪大学医学部神経科精神科 非常勤講師(兼任)。
    日本精神神経学会認定精神科専門医、日本医師会認定産業医の資格を持ち、著書に「ストレスチェック制度の狙いと課題」※共著(日本生産性本部生産性労働情報センター)など。

SC制度がうまれた背景

2015年12月からストレスチェック制度(以下、SC制度)が施行された。この制度により50人以上の事業所に対して従業員のストレスチェックが義務付けられた。

問題意識の高い企業は、義務化以前から、それぞれ独自に自社に見合った総合的な施策を模索してきたが、今回の制度により、国の政策に沿った新たな対応が迫られている。

新しい制度の流れとして、最終的に高ストレス者を医師等の面接指導につなぐことに注目が集まっているが、厚労省は制度の目的を〝ストレス状況について気づきを促し、個人のメンタルヘルス不調を低減させる〟『一次予防』としている。その『一次予防』と不調者の発見である『二次予防』とを具体的にどうつなぐか、多くの企業が苦慮しているのが現状である。

この状況において、SC制度を企業がいかに活用して、従業員、そして組織の健康に役立てるかを解説する。

まず、この制度がうまれた背景にあるのは、うつ病と自殺の増加であるということを押さえておかねばならない。専門家の間では、一般に自殺とうつ病は密接な関係があると考えられており、平成10年に年間自殺者数が3万人を突破し、国としての対策が求められるようになった。

厚労省は自殺の増加を受けて、平成12年に「労働者の心の健康保持増進のための指針」を公示し、「四つのケア」の推進を図った。その後も様々な形で産業界に改善を促したものの、期待したほどの成果が見られず、一部の企業では過重労働が一向に改まらない。そこで国としての対策を強化せざるを得なくなったと理解すれば、脈絡が見えてくる。

平成21年には「被雇用者・勤め人」の自殺率が27.9%に達し、翌平成22年には民主党政権下で、長妻厚労大臣の主導でうつ病チェックの検討が始まった。ところが、チェックをすることで病人の掘り起こしやそれらの人の受け皿となる医療従事者の確保など、クリアしなくてはならない課題が多々あることに気づき、やがて検討は頓挫する。
その後自民党政権になって改めて修正案が提出され、2014年6月の労働安全衛生法改正においてSC制度が成立した。

今回の法制化によってこれまでの流れと大きく変わったのは、メンタルヘルスの取り組みにより医療の知見が強まったことである。かつて企業の取り組みは、主に当事者である企業の担当者が担ってきた。

たしかに、治療という観点においては医療の専門家に解決を委ねるというのは理にかなっている。しかし一方では、現場で起こった問題を現場で解決することが職場の風土改善につながるという視点が霞みつつある。

国全体の問題として、うつ病患者や自殺者の増加がSC制度施行に至った背景にあることを踏まえると、どれだけの企業がそうした問題意識で真剣に取り組んでいるのか、という懸念があったことは疑いようがない。その中で、企業はメンタルヘルスへの取り組みを、自らの問題としてどう捉えるかが問われている。

ポイントは一つ、企業がメンタルヘルスに取り組むことに意義と価値を見出せるか。すなわち、従業員のメンタルヘルスの向上が企業の体質強化と実利に貢献できるという確信を得られるか、にかかっていると言っても過言ではない。

何のために、誰のために

ストレスチェック制度成立の背景には、主にうつ病に起因する自殺対策があることを前回は触れた。しかし、うつ病対策にとどまらず、働きやすい労働環境をつくることこそが厚労省のいう<一次予防>である。

課題は、その視点を企業がきちんと咀嚼し、自分たちの問題として受け止められるかにかかる。法を根拠に、毎年ただストレスチェックを実施するだけなら、やがては形骸化していくことが危惧される。それをクリアするには、もし従業員から「何のために?」と問われたときに、「それならば受けてみたい」という気持ちを掻き立てるぐらいの納得のいく説明が必要である。
自分の会社がなぜストレスチェックに取り組むのか、その意義を、厚労省の説明をただ復唱するのではなく、推進者が自らの言葉で語らない限り、従業員には何も伝わらない。

医療の世界ではこうしたときの説得として『エビデンス(効果があることを示す証拠)』を持ち出すが、専門家からは一方で「働く人の健康を維持・増進する活動の効果を評価する取り組みは不十分で、その理由の一つは評価指標が確立されていないこと」という指摘もある。

かつてメンタルヘルスが今ほど認知されない時代に、いくつもの企業から、メンタルヘルスに取り組む対投資効果のデータやその数値的根拠を示してほしいという要請を受けたことがある。
それに対し医療費・休業率・クレーム率・労災・交通事故などが減少することを実証的に示した。
しかし、重要指標となるはずのそれらのデータを示したところで、メンタルヘルスに取り組んだ企業はほとんどなかった。いくら説得材料を用意しても、それだけでは企業は簡単には動かないという教訓を得た。エビデンスは本来有用である。
しかし、現実においてその要請は、目先の業務に忙殺される担当者の、実行しないための口実になっていた。組織として経営全体を見る視点がないと、エビデンスは活かされない。

ストレスチェックの主目的である「一次予防」は「ストレス状況について気づきを促し、個人のメンタルヘルス不調のリスクを低減させる」とされている。それを<病気の元をなくす>という字義通りに捉えるにとどめず、産業現場の現実に照らし合わせると「組織と従業員に心の健康管理の意識を高め、それを普及すること」になろう。
平成25年に厚労省が策定した第12次労働災害防止計画によると、メンタルヘルス対策の目標は「平成29年までにメンタルヘルス対策に取り組んでいる事業場の割合を80%以上とする」としている。単に受検率や面接指導を希望する人の比率が低くなることを心配するのではなく、逆にそれをバロメーターとして、その数値を上げることで自社の意識を高めていくことに目標をおけばよい。

ストレスチェック制度は従業員の健康を守ることを企業に課しているが、それが企業活動にもたらす具体的なメリットは明示されているわけではない。むしろそこに、企業としてどんなメリットを求めるかという主体的な問題意識が問われている。同時に、企業としてはそれを判断するに足る価値観の醸成を課題にしないといけない。

「何のために」「誰のために」はまず自分で考えてみることである。どんな答えであっても、自分で見出した答えに対しては責任を持つものだ。真の健康管理は、その自問を絶やさずに持ち続けることで成り立つ。何かをするというアクション自体がゴールではない。その答えを得るためのヒントを以降で触れていく。

心の健康管理と組織活性化の同時実現

わが国企業は、過去長引く不況や国際競争の激化等への対応を迫られる中、競争力の向上にむけ抜本的な改革に取り組んできた。その一環として、経営マネジメントの短期志向や人事管理の個別化、非正規社員をはじめとした雇用形態の多様化が進んだことは否定できない。

こうした変化は、従業員と企業組織との関係を変え、組織風土や従業員の帰属意識にも影響を及ぼすことになった。組織・職場とのつながりが揺らぎ、組織にとって自分とは何者なのかという実存的不安に駆られる従業員が増えたのも事実である。一般的にうつの増加は過重労働が原因と言われているが、この変化と無縁とは言い難い。

また、かつて日本は世界の中でも企業が社員の健康に責任を持つことにおいて比類のない国と言われてきたが、以上のような経緯を経て、健康管理においても、組織で働く人の自己管理・自己責任の傾向が強まりつつある。

競争激化の中、個としての自立・自律の意識がより求められてはいるが、個々を活かしつつ、組織力を高めるためには、それとともに組織内の相互の支え合いを可能にする条件づくりが欠かせないことを認識しなければならない。
従来、同じ職場で働く仲間同士の信頼、自分の所属する組織への信頼を絆に各人が職務に専心し、持てる力を発揮し、職場や組織に貢献していたと言っても過言ではない。
こうした条件は経営環境や雇用形態が変わろうとも、企業の競争力を向上する上で普遍的な重要性を持つ。いつの時代においても、個人と組織の信頼関係の構築は組織運営の基盤となる。

こうした信頼関係の構築や再生にむけて、従業員の心身の健康の維持が基礎となることは言うまでもない。その認識に立ち、従業員が健康で生き生きと働くための施策が組まれない限り、従業員と組織の信頼関係はおろか、付加価値の創出にむけた従業員の活躍も成しえない。

今から30年ほど前に生産性本部は産業人のメンタルヘルスを測定するために「JMI健康調査」を開発した。その開発の目的を<個人の健康と組織の健康を常に保ち、個人の幸福と組織の活性化を実現する>とした。
一人一人がどんな状態、どんな気持ちで働いているかを把握し、その集合体としての職場ごとの固有の課題を抽出し、職場活性化に活かすためである。

従業員の健康はもちろん重要だが、単にそれを目的化せず、健康を基盤に従業員が元気に働くことを通じて、組織や競争力を高めるというもう一歩踏み込んだ目的策定が必要である。

さらに、その目的にむけた取り組みを効果的に推進するために、従業員の心の状態を計測しながらマネジメントサイクル化することが必要となる。個人の健康と組織の活性化は相乗効果をなすもので、どちらかを取るというものではない。

アンドレ・ジローは著書『文明と生産性』の中で「生産性とは生産と活動力の結合とも考えられるが、むしろ生産と人間性の結合だと考えるべきである」と指摘している。労働は生産性の重要な要素であり、その生産性向上の担い手である人間の精神的あり方にまで彼は言及している。組織の成長の原動力たる労働のさらなる核心は、人間の精神のあり方にあるというところに視点を据えれば、心の健康管理と組織活性化の同時実現は射程に入る。

いみじくも米国の経営学者チェスター・バーナードも、名著『経営者の役割』の中で「組織の研究において『人間とは何を意味するのか』という問いから逃れられない」と述べている。

「面接指導」活用の課題」

●面接指導は医師にしか認められていない
ストレスチェック制度において、実施者としては医師以外に保健師もしくは研修をうけた看護師、精神保健福祉士も就任できるが、面接指導は医師にしか認められていない。

その理由は、一言でいえば診断行為が入ってくるからであろう。例えば、非常に仕事が多忙で、しかもうまくいかなくて落ち込んでいるという労働者が面接指導の対象となった場合、その労働者の落ち込みがうつ病など病的レベルの落ち込みか、病的レベルには至っていない一般的ストレス反応、あるいは適応障害レベルの落ち込みなのかを判断しなくてはならない。

病的レベルに至っていなければ環境調整などの対応が中心となり、病的レベルの落ち込みであれば医療機関への紹介など、精神科医療が必要となる。このような判断がしっかりできる医師が面接指導をしなくてはならない。つまり、ストレス反応、適応障害、うつ病など精神疾患というスペクトラムの中で、精神科医療を必要とする労働者を見落とさない診断能力が要求されるのである。

ただ、このような鑑別においては、精神科医療の基本を備えた精神科医師であれば十分に可能と思われるところでもある。精神科医にとって困難を感じるのは、むしろ、ストレス反応、適応障害レベルへの労働者への対応、特に、指導や助言、さらには、事業者への意見陳述などの部分ではなかろうか。

●面接による評価を踏まえた本人への指導・助言と事業者への意見陳述
本制度の趣旨は一次予防と職場環境改善であることを考えると、面接指導においては、ストレス反応、ストレッサー、ストレスコーピングに関する知識や経験も必要となり、さらに、作業環境管理、作業管理、健康管理の徹底、セルフケアやラインケアに関する労働衛生教育、労働安全衛生管理体制に関する指導、助言も必要となる。

しかし、このような観点からの指導・助言において、十分な見識とスキルを有している医師は精神科医の中でも少ない。一次予防、職場環境改善は労働者の健康とともに事業場の業績向上につながる課題である。よって、面接指導医師の真価が問われる。

日本精神科産業医協会では、このような指導、助言ができる精神科医を育成すべく、研修を実施しているところである。

●面接指導に関わる難題
本制度においては「事業者は、医師の意見を聴取し、必要に応じ事後措置をとらねばならない」とされている。

しかし、医師の意見通りの措置をとることが困難なことも少なくないであろう。また、負担軽減のための配慮としてとった対応が、過剰な業務軽減、あるいは、本人が望まぬ業務軽減措置としてトラブルが生じることもありうる。逆に、必要な措置をとらなかったことで企業が安全配慮義務違反に問われることもありうる。

これらを踏まえると、医師の面接指導における報告書・意見書作成は非常に重要であると同時に、その作成は非常に難しい。法制度を遵守した上での人事部との連携が課題となる。

●もうひとつの留意点
本制度においては、面接指導の対象は高ストレス者の中で面接指導を申し出たものとなっている。

高ストレス者でありながら面接指導を希望しなかった労働者において、医療が必要な労働者が存在する可能性も少なくない。このような労働者に対処しないままでいることで、十分なパフォーマンスを発揮できない就労が継続する危惧、さらに、状態が悪化した場合には企業の安全配慮義務を問われることもありうる。

したがって、本制度の遵守にとどまらず、事業場のメンタルヘルス管理体制全体を充実させるという視点が必要である。(精神科医・産業医)

問われる集団分析能力

2015年12月から施行されたストレスチェック制度において、「集団分析」に関心が高まっている。

本制度はメンタルヘルス不調を未然防止することを主たる目的としており、厚労省は組織としての取り組みも重視し、努力義務とはいえ企業にその対応を求めている。
企業でも積極的に集団分析を活用し、単なるうつ病対策を越えた組織活性化の糸口を求めようと模索するところが増えている。

しかし、集団分析を組織の活性化に活かすということは考え方としては理解できても、多くの企業はどうしていいかわからず、実績と実効性あるノウハウを有する企業はまだ多くはない。個人の健康度を上げれば健康的な活力ある職場ができるかというと、現実はそれほど簡単なものではないと誰もが感じているだろう。

職場は単なる個人の集合体ではなく、Y・L・モレノの「ソシオメトリー理論」で言われるように、力関係による構造によって形作られる。
職場では目的達成にむけた統制の下、個々の能力や個性が十分に活かされなければならない。

その際、管理者のマネジメント能力や性格はもちろん、メンバーの能力・スキル、就労観などの考え方、性格・人間的成熟度等の属人的要因に加え、その場の人間関係や職場環境・業績など、様々な構造的要因が関係してくることを踏まえた対応が欠かせない。

集団分析を本当に組織に役立てようとするならば、個々人の結果を平均化した集団数値を、単に企業平均や全国平均と比較するだけでは充分ではない。その平均値が何を意味し、職場の特徴・内在する問題やその要因は何かなど、平均値を読み込む洞察力が問われる。さらに、改善にむけた方策作りや推進など、そこに介入する技術も必要になってくる。

加えて忘れてはならないのは、数値を棒読みするのではなく、そこに生身の人間がいることを思いやる想像力を駆使することである。

読み解かれるデータの向こう側にいる当事者への共感が、改善のスタートになるといっても過言ではない。重要なのは、職場の当事者、特に管理者の内発的なモチベーションをどう生み出すかにある。決め手となるのは、単なる解析の技術ではなく、そこで働く人間への深い敬意であろう。

職場のパターンは千差万別である。たとえば職場に対する不満が非常に強いにもかかわらず、精神的負荷の軽い職場が存在する。そこではメンバーの多くがストレスを回避することで平均値は高くなり、一見問題が見えない。
しかし、皆が業務上必要な負荷をやり過ごしてしまい、一部の生真面目な人に負荷が集中し、その結果、ストレス疾患になっていたりする。

またそれとは対極に、精神的健康度が低い職場にもかかわらず、心をひとつにして仕事に精を出している職場もある。そうした職場は皆が苦しくとも、意外にストレス疾患を発生しにくい。このように、平均値の持つ意味を見抜かないと、本質的な問題を看過することになる。

集団分析には、一部の不調者を見つけ出すのではなく、職場の底流に何があるかを見極め、いかにしてストレスに翻弄されずに仕事に専心できるのかという問いが課せられていると言えよう。

明治大学の斎藤孝教授も「今本当に社会に必要なものは、癒しよりもエネルギーをどう発散させるかにある」とその著書でふれている。

どうしたら病気にさせないかだけでなく、どうしたらもっと元気が出るかという視点も必要である。そのエネルギーの発散が、組織の生産性につながる道筋を集団分析で見出したい。

メンタルヘルスの取り組みにおける労組の役割

いよいよ2015年12月から改正労働安全衛生法によるストレスチェック義務化が施行された。

ストレスチェック制度の運用においては産業医を中心に展開することが法律で規定されているが、同時に今回の法改正では、企業にその主体的な取り組みを求め、その目的や方法を「衛生委員会」で調査審議することを謳っている。
衛生委員会は労使で構成される以上、働く側の代表である労働組合が経営側とともに主体的に取り組むことを義務付けられたともいえる。

これまで多くの企業において、メンタルヘルスの取り組みは主に経営側が担い、それに対して労働組合は個人の不利益が発生しないように、特にプライバシーの保護・尊重を訴えてきた。

今回の法改正においては、医師による面接指導を申し出た従業員個人のデータは、その時点で基本的には事業者、すなわち企業と共有されることになる。これまでよりさらにナーバスになったこの問題に対して、より慎重な監視と対応が求められている。

また、今回から労働組合もストレスチェック制度の設計、運用の主体者としての位置づけになったことで、より積極的な役割が求められる。特に衛生委員会で決定された取り組みが本当に効果を上げているのか、その主旨を現場の人たちがどう受け止めているのか、目的にかなった取り組みがなされているのか、それらの検証のために職制を通した情報だけでは得られない現場のリアルな情報収集も重要な役割となるだろう。
単にストレスチェック制度における組合員の利益・不利益だけではなく、組合員にとっても経営にとっても総合的な利益をもたらすための課題認識を要する。

経営が切迫しているか否かに限らず、そのときの経営判断が、働く者の将来や組織文化に及ぼす影響については労組でないと言えないこともある。そのためには現場の問題や課題を組合員の感じるストレスから読み取る感性が問われることになる。これまで以上に現場で誠実に働く者の声を聴き、組合員が安心して仕事に取り組める職場環境をつくることが組合員の働くことの価値や福祉向上の礎になるという信念を強く持たねばならない。
その点において、組織の活性化と組合員の健康・働きがいとがいかに調和的関係を保ち得るかということを重要な課題としたい。

一昔前には、職場のメンタルヘルスも管理者次第といわれたこともある。その管理者を批判するだけでは職場は改善しない。むしろその管理者の置かれた状況をどう理解し、サポートするかも問われている。

最近こんなエピソードがあった。メンタル・ヘルス研究所のJMI健康調査の結果報告をした時のことである。職場健康度の悪かった製造現場の管理者が報告の後、静かにこう語った。「こんなメンタルの悪い状態で部下たちはよくぞ生産を続けてくれた。この部下たちをいとおしく思う」。

逃げ場のない過酷な状況下で職務を全うし、部下たちに最大限の敬意を込めたこの言葉を誰が批判できようか。むしろ、こうした部下や仲間を思う気持ちを育み、それを企業の原動力に変えてゆくことこそメンタルヘルス活動の中心課題に据えなければならない。

業務負荷を軽減し、うつのリスクを減らすことは基本課題ではあるが、それだけがメンタルヘルスの活動ではない。
従業員のメンタルヘルスを積極的に企業の戦略課題ととらえ、それを個人の健康管理意識と働きがいに連動させてゆく、それこそが今、労働組合に求められる役割といえるのではないか。

良き組織づくりのための経営の意思

2015年12月からストレスチェック制度が始まった。企業として、従業員が心身ともに健康で働くことのできる条件整備に取り組む重要性が増したといえる。

加えてメンタルヘルスの向上は、職場のマネジメントやコミュニケーションはもちろん、働き方・働かせ方、ワークライフバランスやダイバーシティマネジメント、キャリア形成支援、育児・介護支援など、従業員がいきいきと活躍できる機会づくりにむけた種々の施策と連動している。
その認識の上で、各施策、各担当部署との相互連関とベクトル合わせを図りながら、メンタルヘルス施策を実効的に進めることが重要である。

とはいえ、企業を取り巻く環境は先行きが不透明で、依然予断を許さない。従業員全体のメンタル対策まではとても手が回らないといった担当者の声も漏れ聞こえる。

企業によっては、働く者の心の健康の悪化が企業業績に悪影響を与えることは理解していても、それを職場環境や働き方に関係づけて会社全体の経営課題なのだとは捉えきれていない。そこには経営者のスタンスが少なからず影響しているようにも見える。

経営者がこの問題の重要性をしっかりと認識し、腹の底から同意しないと、今後メンタルヘルスに熱心な企業とそうでない企業が二極化していくことが予想される。経営トップから発せられる言葉の影響力は強く、従業員はその意向に沿って行動するという事実に疑いはない。

良き組織をつくるには、きちんとした人間理解のもとに人間の本質は何たるかを捉える視点を貫き、人間をいとおしみ、そして信じ、あらゆる選択肢の中から従業員が活力を得られる取り組みを展開しなければならない。

さらに、その検証のためにメンタルヘルスの当事者たる従業員の心の状態を計測し、フィードバックしながらマネジメントサイクル化することが求められる。

経営者はメンタルヘルスに対して総論は賛成であるが、あとは経営者自身の個人的価値観に委ねられる。

かつて日本生産性本部が主催したセミナーにおいて自社の事例を語られた経営幹部に、参加者から「御社がメンタルヘルスに取り組まれることの対投資効果についてお聞かせください」という質問が寄せられた。その方は一瞬間を置いてこう答えた。「対投資効果で考えるということは、一回の投資で元を取ろうなんて虫のいいことは考えていないでしょうね」。こうした気骨ある言葉は最近ではあまり聞かれない。

厳しい環境を乗り越え、たくましく生き抜く経営者に接すると、人間のあり方や生き方に深い関心を持っていることに気づかされる。働くことの価値、そして生きることの価値を自らの体験から学び、それを経営に活かしていると言っても過言ではない。

経営者は従業員の先頭に立ちながら、自ら学んだ生き方や人間観を素直に語っていただきたい。そこで生まれる対話こそが従業員との信頼の出発点になる。

歴史学者の磯田道史氏は「人生の目的を人格の完成とそれによる心の安定におく人間は強く、また幸せになれる」と語った。この言葉こそがメンタルヘルスの本質を言い当てている。メンタルヘルスは単なる病気対応の方法論ではない。人間の生き方の深遠さ気高さ、強さ弱さに触れる哲学であり、人間を躍動させる英知の結集である。

かつて産業人のために見返りを求めず生産性本部に集い、メンタルヘルスという言葉を生み出した先人たちにここであらためて敬意を表し、そのことを経営者の方々に共有していただくことを願う。

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