Vol.11

越中八尾の魅力を世界に-"よそ者"女将の挑戦

富山県の代表的な祭り「おわら風の盆」で知られる富山市八尾町。この町で古民家を改装し、宿泊施設とカフェバーを備えた観光施設「越中八尾ベースOYATSU」を運営するのがオズリンクス(OZ Links、原井紗友里社長)だ。富山県が実施した観光人材の育成を支援する事業を活用して経営のベースとなるマネジメントやマーケティングを学び、さらに、創業前後で大きな力となる関係者と連携する“縁”を築いた。この“縁”こそ、八尾町出身でない、いわば“よそ者”の原井さんが、創業3年目で小さな企業の経営を軌道に乗せることができた大きな原動力になっている。縁のない地でも公的支援とそれを機に築いた縁を活かして事業を始め、成長させた小さな企業の輪を紹介する。

関係者の相関図

リアルな富山を伝えたい

オズリンクスのビジネスは、2016年1月の創業以来、企業の海外販路の開拓を支援するコンサルタントと観光宿泊施設の運営を事業の両輪とする。そこには、原井さんのこれまでの経歴が活きている。原井さんは大学卒業後、中国・青島に日本人教師として就職。4年後に地元・富山市に戻ってコンサルティング会社に転職し、富山県の良いモノを海外に売り込むノウハウを積んだ。
起業のきっかけは帰国後だった。「大学進学を機に地元・富山を離れて8年。あらためて見る富山は、自然、食べ物、そして、そこでの当たり前の暮らし。それらすべてがとてもすてきなものに見えました」と原井さん。ただ、中国での経験などを通じて、この素晴らしさが富山を訪れた外国人に伝わっているのだろうかと疑問が湧き、リアルな富山を世界に発信するビジネスができないかと考え出した。

「日本の道百選」に選ばれた八尾町道諏訪町本通り

「日本の道百選」に選ばれた
八尾町道諏訪町本通り

ゼロからのスタート

とはいえ、4年間の日本人教師と1年間のコンサルタントの経験しかなく、観光業の経験はほとんどゼロ。そのため必死に情報を集め、見つけたのが、富山県が実施する半年間の研修プログラム「とやま観光未来創造塾」の受講生募集だった。このプログラムのグローバルコースでは、観光人材の育成に主眼が置かれ、原井さんがやっていきたいことにピタリとはまった。それまで勤めていた職場を退職し、面接などを経て入塾。原井さんによると、「創造塾を通じて得たさまざまな縁がなければ、今の自分はありません。素晴らしいプログラムでした」という。

オズリンクスの原井紗友里社長

オズリンクスの原井紗友里社長

「師匠」と慕う存在

入塾後、原井さんがつむいだ縁のうち、今でも「師匠」と慕うのが、岐阜県飛騨市古川町で欧米人向け中心のツアーサービスを提供する美ら地球(ちゅらぼし)社長の山田拓さんだ。山田さんは、とやま観光未来創造塾で特別講師を務めていた。原井さんは創業塾のプログラムの一環として、山田さんの下、ウイークデーは美ら地球に住み込んでさまざまな研修、週末は塾卒業後の創業プランづくりに取り組み、その合間に、起業する場所を探すために富山県内を歩き回るという生活を半年間続けた。
「最初は何をどうすればいいかさえわからず、さらに自分が何に困っているかもわからない状態でした。ところが、(山田)拓さんはそこで何かを教えてくれるわけではない。今でこそ、自分で課題に気づき、それを解決する手段を自ら論理的に考えることを、拓さんが教えてくれていたと気づきましたが、当時は辛いとしか思えませんでした」(原井さん)
卒塾後の起業の時期も迫り、ストレスとプレッシャーで体調を壊した時期もあった。
山田さんは入塾当初、原井さんが起業するにあたり、「海外経験、前向きな姿勢、元気さがある一方で、マーケティングやマネジメントのスキルが未熟な印象。プログラムを通じてきちんと学び、考え続けられれば、必ず結果がついてくるということを伝えたかった」という。その上で山田さんは、「『地方×ツーリズム』という領域は、成長が期待され、まだプレーヤーが少ない領域。自分を信じてまい進してほしい」とエールを送る。

とやま観光未来創造塾で特別講師を務めた山田拓さん(左から1人目)

とやま観光未来創造塾で特別講師を務めた
山田拓さん(左から1人目)

見守る先輩たち

八尾山田商工会会長の井山泰樹さん、同事務局長の田代忠之さんをはじめ商工会の関係者は、八尾町からするとよそ者である原井さんの頑張りを温かく見守ってくれる先輩たちといえるだろう。一般的に、独自の伝統や文化を持つ地域によそ者が溶け込むのは難しいとされるが、原井さんは「商工会の人たちや八尾のたくさんの人たちに良くしてもらい、とても身近に感じています」という。
井山さんと出会ったのは、とやま観光未来創造塾の研修も終盤に差しかかり、起業する場所に思いあぐねている頃だった。創業の地として原井さんが八尾町を候補に入れていることをメディアで知った商工会関係者が、原井さんに連絡してきた。それについて、「おわらや曳山など伝統や文化があり、最寄りの越中八尾駅がJR高山本線の特急停車駅になっていることもあり、八尾にはとても興味を持っていました。このタイミングの連絡に縁を感じました」と原井さん。このことも創業の地を決める1つの理由になったようだ。

八尾山田商工会会長の井山泰樹さん

八尾山田商工会会長の井山泰樹さん

"本気"を感じる

井山さんによると、当時、商工会では改装した古民家の使い道を話し合っていた時期だったという。そこで、原井さんと直接会い、どんなビジネスをしたいのかの説明を受けた。
「地元とは別の視点を持ったよそ者、若者、頑張る人、そんな人に使ってもらえれば、町おこしにも一番良いということで、原井さんに古民家を見せたのです。そうしたら、ぜひ使いたいといわれました」(井山さん)
この古民家は富山市の所有物件だったため、田代さんや商工会の職員らが富山市とやり取りし、商工会がいったん借り受けることで原井さんに借りられるようにした。
井山さんは続ける。「原井さんは言葉通り、この町に会社を立ち上げ、住まいもこの町で購入しました。本気のほどを感じました。一番の心配は、よそから来たので別のところから通うとか、経営がうまく行かなくなったらどこかに去ってしまうとかといったことでした。しかし、原井さんはそうではありませんでした。そうであれば、こちらの力の入れ方も変わってきます」。
八尾山田商工会は、従来の会員へのサポートとバランスを取りながら、今後、八尾町で創業する第二、第三の「原井さん」の登場を期待し、支援体制を整えていく方針という。

富山県を代表する祭り「おわら風の盆」

富山県を代表する祭り「おわら風の盆」

信頼寄せる"懐刀"

オズリンクスの唯一の社員にして、原井さんの「懐刀」とも呼べるのが、杉山雄大さんだ。八尾町の出身であり、よそ者がその地域に溶け込んでビジネスをするには、地元の人たちとの架け橋になる人材が必要だった。ただ、原井さんが、杉山さんを選んだ理由はそれだけではない。「杉山さんには、一緒に働いてみたいと思わせる素晴らしい視点、そして、八尾を大切にする思いがある」と原井さんはいう。
原井さんによると、杉山さんと出会ったのは、とやま観光未来創造塾に入塾したばかりで、創業の地を八尾町に決めるずっと以前だった。候補地探しで訪れた八尾町で、杉山さんと杉山さんの祖父が、ボランティアで営むカフェに入ったことがきっかけだ。「無料でコーヒーとお菓子を出してくれるのです。その理由を尋ねると、『1人でも多くの人が八尾に足を運ぶきっかけになるように』と言うのです」(原井さん)。
杉山さんは、ボランティアで町歩きガイドもしていたという。「はかまをはいて八尾を訪れた人を案内し、この町の伝統や文化を説明したそうです。それも自主的に考え、行動していたようなのです。こういう視点を持った人と一緒に仕事をしたいとずっと思っていました」(原井さん)。その後、原井さんは八尾町を訪れるたびにカフェに立ち寄り、自分のビジネスプランを説明。杉山さんがようやく首を縦に振ったのは、創業まで残すところわずかな時期だった。
杉山さんは、原井さんに出会った当初、よくしゃべる人だなという印象しかなかった。「ただ、地元である八尾のことについて、一生懸命考えてくれている様子なので、お手伝いできることがあるかもしれないと思いました」(杉山さん)。一方、現状に歯がゆさを隠せない。杉山さんは、「改めて地元を眺め、力及ばずなのかなと思います。だから、少しでも地元の力になるようできることをやっていきます」という。

「少しでも地元の力になるように」と杉山雄大さん

「少しでも地元の力になるように」
と杉山雄大さん

古民家を改装した「越中八尾ベースOYATSU」

古民家を改装した「越中八尾ベースOYATSU」

町全体を元気に

原井さんが八尾町で展開しているビジネスは、町全体を観光施設にする構想だ。通常、ホテルは、フロント、おみやげ屋、宿泊施設、レストランや喫茶店、バーを1つの建物の中に組み込んでいる。原井さんは、町全体を1つの建物と見立て、「越中八尾ベースOYATSU」に泊まった観光客が、食事したい時、おみやげを買いたい時には、それぞれ近隣の店舗を訪れることを薦める仕組みにしている。町全体が観光客で潤い、元気になるという考えだ。
OYATSUのカフェ兼バーでは、その取り組みが徐々に効果を生み出している。八尾町の玉旭酒造と福鶴酒造の日本酒しか置かず、ここで八尾の酒を楽しんだ観光客が、それぞれの酒造に行っておみやげとして日本酒を買うことが増えてきた。玉旭酒造の玉生(たもう)安津子さんは、「お酒を買ってくれたお客さまには、OYATSUを紹介しています。お酒も飲めるし、カフェもやっているし、面白いところですよといった具合に。玉旭酒造で買ったお酒をOYATSUに持ち込み、大宴会をする常連客もいるようです」という。

国内外からの観光客で地域を潤す

国内外からの観光客で地域を潤す

良き理解者

玉生さんによると、「あんなこといいな、こんなこといいなという発想はあっても、八尾にはそれを可能にしてくれる 『受け皿』 がありませんでした。今、その役割を原井さんが担ってくれています。それに、八尾にもともと縁もゆかりもない原井さんが、八尾のために一生懸命やっているのを見るのがとても楽しい。この町の人たちとはどこか目線が違います。実は、私も八尾に嫁いできた人間なのでよそ者です。原井さんもよそ者。いろいろ共感できる部分が多いのかもしれません」。
オズリンクスは、八尾町内での連携も進めている。和紙をつくっている桂樹舎の協力を得て、観光客に和紙づくりの体験を勧めてみたり、朝食を取れる店舗が手薄な八尾町の事情を踏まえ、ベーカリーのうす和にOYATSUのゲスト限定のサービスとして、朝食用のパンを焼いてもらったりなど、連携の輪を広げている。ただ、こうした状況にも原井さんは満足していない。「まだまだですよ」と笑い、新しいアイデアを形にしようと模索する。"よそ者"女将の進撃は止まらない。

玉旭酒造の玉生(たもう)安津子さん(写真左)

玉旭酒造の玉生(たもう)安津子さん
(写真左)

原井さんは語る

原井紗友里社長

振り返ると、本当にたくさんの人の縁に助けられて、ここまでやってこられたと思っています。とても恵まれています。ある時、テレビ番組の収録中だった落語家の笑福亭鶴瓶さんに出会い、八尾の町を紹介したことがあります。その時に鶴瓶さんが最後にかけてくださった言葉が忘れられません。「縁も努力やで」。この言葉を胸に、これからも頑張っていきます。

富山・八尾町で観光施設「越中八尾ベースOYATSU」を経営する原井紗友里社長のインタビュー動画




すべての特集を見る