Vol.15

唯一無二の「死後処置専門施術士」への道

若くして結婚・出産、そして2児を抱え離婚。社会経験もないまま『自分の力で歩いている女社長ってカッコいいな』との思い付きで起業を目指した浮津 あゆみさん(富山県)。

派手な外見と「タメ語」しか話すことが出来なかった彼女に、社会性とビジネスマナーを徹底的に指導し、今では引く手あまたの「死後処置専門施術士」に育て上げた萩原 扶未子さん。

さらなる技術の習得で、唯一無二の「死後処置専門施術士」を目指す。

関係者の相関図

社長ってカッコいい!私もなりたい!!

若くして結婚・出産、離婚を経験した浮津 あゆみさん。当時の外見は茶色い髪に、ミニスカート、ピンヒール。企業への就職も働いた経験もほとんどなく、今さら就職できるとは思えず、かといってアルバイトで2人の子どもを育てるには無理があることには気づいていた。
そんな10年ほど前、テレビを見ていると女性の起業家がキラキラと映し出されていた。
「内情は全く分からずに、自分の力で歩いているのがカッコいいな、社長ってカッコいいなと感じたのですよね。単純にあのようになりたい!と思って、起業家を目指すことにしました」。

起業するなら好きなものを仕事にしようと、オーダーメイドの下着製造で起業することを決めた。とはいえ、裁縫もろくにできない状態で、まずは裁縫教室に通い、玉止めから習うことに。
そして、下着製造会社にお願いし、工場の廊下でミシンを触らせていただくことに。
「ブラジャーは服飾の中でもパーツが多く、たくさんの製作工程があります。特に教えてもらうことはなく、その工程を見て学んでいました。1年半ほど通いましたね。従業員の方々からは"社長は何でこんな人を許したのだろう"と陰で言われていたようです」。

そのような状況でもめげないのが、浮津さん。そんな廊下で一人試作品作りを続ける姿を見ていた経営コンサルタントの方が、起業に向けてのアドバイスを無償で受けられると、中小企業基盤整備機構 北陸支部を紹介してくれた。

女性に特化した起業塾へ参加。
メンターと100人の仲間を得る

中小企業基盤整備機構 北陸支部では、まずデザインや販路に関する相談を行った。
デザインに関しては工業デザインを専門にする先生を紹介され、東京まで習いに通った。また、新たな課題にぶつかる度に、指導員や専門家たちが連携し、次から次へとアドバイザーを紹介してくれた。

そして、補助金を申請したいと思い紹介されたアドバイザーが、株式会社ジーアンドエスの代表取締役社長であり、中小企業基盤整備機構 北陸支部で経営支援アドバイザーを務める萩原 扶未子さん。その後、浮津さんが全幅の信頼を寄せるメンターとなる。

「補助金申請書の存在も、その意義も、書き方も全く知らない状態で、相談に来ましたね。何より、"何をしたいの?"と聞いても、下着ビジネスの事業内容を書くことも、言葉にすることもできない状態でした。敬語も話せず、外見は完全なギャル。ただ、素直で明るくて、めげない、あきらめない。彼女の魅力は感じました。そこでビジネスの前に、社会性を身につけさせなくては、人としてもこれから苦労するだろうと思い、私が委託運営を行っていた上市町主催の『かみいち女性のためのプチ起業塾』や金沢市の『夢をかなえるための「かなざわ女性起業塾」』、『市姫東雲会(上市町 女性のためのプチ起業塾の卒業生がコアとなって設立した組織)』や、私が代表を務める『女性起業家交流会 in HOKURIKU(JKK)』などの女性に特化した起業ノウハウを学べる複数の場への参加を勧めました」。

浮津さんは起業塾へ積極的に参加し、講師や主催する行政の方々との人脈を広げ、イベントの運営に携わることで経営の基礎も体験した。
起業塾のカリキュラムや講師は毎年変わり、経年で学べるので、上市町の起業塾へは4年、金沢市には3年通い、現在もアシスタントとして参加している。両塾で100名近い仲間を得ることが出来た。

この当時、ビジネスプランとしては1サイズのブラジャーとTバックのショーツのみで事業を行う予定であった。
「今思うと、どうかしていたと思いますね。市場もわかっておらず、経験もなく、商材も強気。当然、試作品は作りましたが、全く売れませんでした。そんな私に起業塾のメンバーはアドバイスをくださり、育ててくださいましたね。今も関係が続いており、市姫東雲会やJKKで一緒に活動し、そこでもたくさんの学びを得ています。彼女たちは貴重な友人でもあります」。

祖母を自らの手で送り出し、新たな道を見つける

起業塾で学ぶものの、安定的な売り上げや仕入れ先確保は難航し、時間と資金だけが流れていった。
そのような状況の最中、最愛の祖母が乳がんで亡くなった。

最期の時はウエディングドレスを着たいと言っていた祖母のために、ピンクのドレスを手作りした。
「納棺ではからだを拭き、着替えさせ、エンジェルメーク(遺体への化粧)をするのですが、祖母への施術を男性が行っていることに違和感を覚え、自分で行わせてもらうことにしました。初めて遺体に化粧を施したのですが、肌の状態が生きている方とは異なり、うまくファンデーションも載らず苦労しました。また、1日経つと髪も抜け、きれいに拭いたにも関わらず口や手から体液が出ていて。そのことを係の方に質問したのですが、的外れな回答があり、自分の中でもやもやとした気持ちになったのですよね」。

この経験を萩原さんに雑談レベルで伝えた。「自らの手で送り出せたことに満足感を得ていると感じました。そこで、かわいらしい死装束の製作と、棺桶への飾りつけをすることを仕事にしてみてはと、アドバイスをしました。調べてみたところ、ライバルとなる競合も少ない状況でした。ただ、少し話題になれば、真似されやすいとも感じたので、エンジェルメークまでトータルで提供できれば、ライバルは簡単には現れないだろうと。ただ、死後処置は感染症のリスクや周囲からの負のイメージも伴うものであり、自分の意志だけはなく、家族との相談が必要だとも伝えました」(萩原さん)。

早速家族へ相談し、承諾も得た。WEBで専門家を探し、東京のエンジェルメークの専門家へ弟子入り。初日、事故で想像を絶する状態の遺体と対面し、そのまま富山県へ帰ろうと思った。
「逃げたかったけど、誰かがやらないとならない仕事だとも、思いました。また、師匠から『人と思うから怖く感じるのだよ。遺体とは、人と違った世界の方の方なんだよ』と言われて、吹っ切れました」。
そこから1年間、1カ月の内1週間を東京に滞在し、無給で施術を学んだ。

東京に滞在しない残りの日々は、地元北陸で施術をさせてくれる葬儀屋を回り、営業を行った。上手になったら有料で受けさせてくれと伝え、最初は無料で施術を行っていった。

修行を経て、2015年8月13日開業届を提出。
エンジェルメークのみならず血液や体液の流出、排せつ物の処理までも手掛け、今では1日2件から多い時は7件の依頼が入るほど、引く手あまたな状態に。そして、1000体を超える遺体へ施術を行ってきた。
「必ずご遺体に自己紹介し、『今日は私に力を貸してださいね』とお伝えしてから施術を始めます。施術中もずっと話しかけながら行っているのですが、自然と口元、目元が微笑んでいる、素敵なお顔に仕上がるのですよ」。

起業塾は公的機関や金融機関等との関係性構築の場にも

浮津さんはこの約5年、死後処置専門施術士として、順風満帆に事業を拡大してきたわけではない。
「死人を触った手で触られたくない」と、仲の良かった人にも言われ、縁を切られたこともある。また、感染症などの嫌な噂が立つと住んでもいられないような山間部に家族と暮らしていることもあり、専門業者の協力のもと衛生管理・処理には細心の注意を払ってきた。

そして、「元ギャル」で染みついたしゃべり方や立ち振る舞いは、今でも萩原さんに指導を受ける。
「良かれと思って予定していた時間よりもかなり早めに行ったら『約束の時間があるでしょ』と言われたこともありました。また、葬儀社からの手配で伺ったのに、自分の判断で処理をしてしまい怒られたことも。その怒られたことに対しても、なぜ怒られたのか理由すらわかりませんでした。そのようなことが起こるたびに、先生(萩原さん)に相談をしていますね。今も母のように頼ってしまい、逐次相談しているのですよ」。

萩原さんは、「各自のビジネスに必要なスキルはそれぞれが努力して身につけるべきものですが、経営を行うためには、社会性とビジネスマナーが備わっていなければ、成功できません。ですので、一般的な経営知識だけではなく、私の係わる起業塾では、そのことを学んでいただきます。ビジネスに取って重要な宴席でのマナー講習は任意での参加なのですが、昨今ハラスメントの関係もあり教えてもらえることが少なく、序列や女性ならではの立ち振る舞いを学んでいただける場なので好評です。
また、講師には行政や支援機関、金融機関、マスコミの方に登壇してもらい、起業を目指す女性と、支援を行う機関のトップや担当者との関係性構築にも注力しています。公的機関や金融機関には相談に行きづらいものです。ですが卒業後も、気軽に相談できる関係性が起業塾で構築されていると、その後の経営に必ず役立ちますから」。

唯一無二。求められる存在を目指して

今、浮津さんは特殊メークの習得に向け、勉強を続けている。不慮の事故などにより、顔が損傷されていることや、闘病等により姿が変わってしまった遺体もある。今は綿入れを行い、人工筋肉を作り出し、特別な化粧材で色味を都度調合し、メークを行っている。だが、今の技術だけでは『唯一無二。自分にしかできない、求められる存在』に成りえていないと感じている。

「私は亡くなる直前の状態ではなく、その方が一番美しかった時のお姿で送り出したいと願っています。そのためには今の技術だけでは足りないと思い、特殊メークの勉強を始めました。事前に申告いただき、戻してもらいたいお顔をお伝えいただければ、いつのお顔にも戻せるよう、研究しています」。

そして、彼女の横には、成長を見守る萩原さんがいる。
「男性と比べ女性の起業家は、右肩が上がりで成長することだけが成功だとは思いません。複数の支援機関と連携し、事業を続けていけるようサポートすることが、私たちアドバイザーでありメンターの役割だと思います。そのためには、家庭の状況なども踏まえてアドバイスを行い、時にブレーキをかけることも必要です。
浮津さんは決して器用ではないので、衣装や棺桶など幅広くビジネスを広げるよりも、エンジェルメークに集中した方が良いとアドバイスさせていただきました。また、ビジネス経験が乏しいため、交渉も苦手なので、どこかと契約し雇われるよりも、技術を磨く時間がとれる、今の働き方を勧めました。
ツールや技術は様々なところで学べます。しかしながら、いかに自分に合うメンターに出会えるかが、女性起業家にとっては成功の鍵ではないでしょうか。その出会うきっかけの一つが、各地で行われている起業塾への参加であると思います。ぜひ、起業を目指す皆さんにはご参加いただきたいですね」。

特殊メークという技術にアクセルを踏みつつ、家庭とのバランスも鑑み、さらなる飛躍を二人三脚で歩んでいく。

女性起業家は語る

女性起業家は語る

お世話になった下着工場はもちろん、メンターの萩原先生、公的機関、所属している会の仲間や先輩、取引先のみなさん、今まで出会ったすべての方々のおかげで今があることに感謝しています。今では下着製造の事業も、社会の勉強をするいい機会だったと思っています。
「夢が人生の中にあるのではなく、夢が人生をつくる」という言葉を、ある講師の方がおっしゃっていました。夢を持ち続け、周りに感謝をし、これからも歩んでいきたいですね。




すべての特集を見る