Vol.57 イスラーム圏からの訪日旅行者は年々増加!「ムスリム旅行者へのおもてなし」

ムスリム(イスラーム教徒)が多いマレーシア・インドネシアからの訪日旅行者が毎年伸長する中、特に飲食業・観光業の皆さまは、非ハラール(「ハラール」とは、イスラームの戒律で許された行為・物)のままでは大きな機会損失となります。
中小企業・小規模事業者でも始められる対応について、「ムスリムおもてなしガイドブック」を発行する観光庁外客受入参事官付の福田考宏係長、野中哲也主査、山腰明彦係長に伺いました。
※本記事は、2017年12月15日時点の取材をもとに執筆・掲載しています。

イスラーム圏からの訪日旅行者は年々増加!

東南アジアからの旅行者の増加のグラフ

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日本政府観光局の推計によると、2017年1月から11月までの訪日外客数は、インドネシア、マレーシアともに、他国と比べて高い伸び率を示しています。インドネシアは30万人と11月までに前年の年計を超え、過去最高を更新。マレーシアも37万人と前年を上回るペースで伸長しています。

日本に来る外国人旅行者の何割がムスリムであるかを調査したデータはありませんが、インドネシア在住者の約9割、マレーシア在住者の約6割がムスリムであると言われています。

多くのムスリムが日本に訪れていることは確実で、その数は年々増加しています。市場としてのインパクトは大きく、そのためムスリム対応が求められているのです。

ムスリムおもてなしの具体的な方法は?

「ムスリムへのおもてなし」というと、多くの事業者は真っ先に「ハラール認証を取らなければいけない」と思うかもしれません。そうではなく、ハラール認証を取得しなくてもできることはあります。認証取得には申請や更新にコストも掛かりますし、イスラームの戒律は多岐にわたるので、さまざまな認証基準のある中、特に中小企業の皆さまにとっては、難しい部分もあると思います。

イスラームの教えにはその解釈や実践方法に、ムスリム旅行者それぞれの個人差が大きいため、「旅行者の求めにすべて応えられなければ、受け入れてはいけない」ということでは決してありません。ムスリム旅行者に情報提供を求められたとき、快適に過ごしてもらうために対応できることを伝え、ムスリム旅行者自らが選べるようにすることが重要です。

ムスリムおもてなしガイドブック

観光庁では、飲食業・観光業の事業者を主な対象として、 「ムスリムおもてなしガイドブック」を作成・公表しています。ムスリムにとって食事における対応が重要となりますので、食事での対応方法についての記載が比率を大きく占めています。
イスラームの戒律は多岐にわたりますが、その対応で代表的なものは次の3点です(出典:ムスリムおもてなしガイドブック)。

  • (1)豚肉・豚由来成分を含まない料理の提供(ノンポーク)
    イスラームの教えでは、豚肉を口にすることは許されていません。豚由来成分は様々な製品に含まれています。
  • (2)アルコールを含まない料理の提供(ノンアルコール)
    イスラームの教えでは、アルコール飲料を口にすることは避けるべきとされています。調味料に含まれるアルコールを口にしないムスリムもいます。
  • (3)礼拝を行う場所、必要な情報の提供
    イスラームの教えでは、1日5回、決められた時間に礼拝を行うことが決められています。礼拝は清潔な場所で、身体を清めてからキブラ(聖地のある方角)に向かって行うことが決められています。

始めからすべてに対応しようと思うことはありません。まずはできることから考え、実践してみましょう。
以下のような対応は、取り組みやすいのではないでしょうか。

メニューなどの英語併記をする

メニューなどの英語併記をする

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日本語の名称のみの表記では、食材に何が使われているのか、ムスリム旅行者は理解できません。料理名や食材の表記に英語を併記するだけで、ムスリムにとって飲食できるか判断する材料となります。ムスリムおもてなしガイドブックでは、メニューなどに使用できる注意書きなど、英語の文例を掲載しています。

礼拝のニーズに対応する

礼拝場所の提供ができればよいですが、店舗スペースの制約からそれが難しい場合でも、近隣の礼拝ができる施設などを紹介するだけで、ムスリム旅行者へのおもてなしとなります。
また、求められる対応は、施設の種類によって異なります。取り組めることからはじめましょう。

ムスリム対応を行う中小企業の事例

いち早くムスリム対応を始め、現在は外国人旅行客で賑わう、中小飲食店の事例を紹介します。

店舗オープン時からムスリム対応し、口コミで知名度が向上

杉山社長

杉山社長

外国人観光客で賑わう店内

外国人観光客で賑わう店内

株式会社日本SI研究所(東京都墨田区)は、ITシステム構築事業を本業とする傍ら、飲食事業を運営しています。
飲食事業の中でも、東京・浅草の雷門近くに立地するSEKAI CAFE ASAKUSA(セカイカフェ浅草)は、外国人観光客を中心として賑わいを見せています。

「出店のきっかけは、本社でムスリム社員を雇用したことでした」と、代表取締役社長の杉山毅さんは語ります。
かつて日本の飲食店ではハラールへの理解がなく、ムスリム観光客の中には、自国から持ち込んだ食品だけを食べて過ごす方も多い、ということをムスリムの社員から聞いた杉山社長。

そこで2014年に同店をオープン。ムスリムやベジタリアン、ヴィーガン(絶対菜食主義者)といった、食文化・食習慣の違いにより「食へのハードル」がある方も含め、世界中の人が楽しめるカフェ、フードダイバーシティ(食の多様性)をコンセプトとしています。
まったくの異業種への挑戦で、十分なノウハウもありませんが、近隣のモスクの先生や留学生などにアドバイスを受けながらオープンさせました。同店のように、オープン時からムスリム対応をめざすのは珍しいケースだといいます。「浅草で、日本人が経営する店としては初の試みでした」(杉山さん)。

ムスリム対応にあたり、始めからメニューに一切、豚肉を使わないことにしました。ムスリムにとって豚肉は禁忌であり、他の客と分けて提供しようとすると、余計にコストが掛かってしまいます。
一方で、同じく非ハラールとされるアルコール類は、メニューに残しました。「酒は日本の飲食店にとっては外すことができない。お客の期待を裏切ることにもなる」と杉山社長は説明します。ただ、ムスリムへの配慮としては、グラス・洗浄用のスポンジを分けるなどの工夫をしています。

同社は店舗をオープンする時から、近隣のゲストハウスのスタッフにPRのお願いをしたり、SNSを通じて積極的に情報発信をしたりしていました。それらの地道な活動が奏功し、来店客のSNSなどを通じて口コミが広がり、日本におけるムスリム対応情報サイト「ハラールメディアジャパン」に取り上げられるなど、知名度が向上しています。

浅草店では、(一社)ジャパン・ハラール・ファンデーションの「ハラール認証」を取得していますが、後に出店した押上店では取得していません。浅草店の場合は、台東区による取得費用の助成があったことと、同区の取り組みを牽引する、リーダー役としてのプライドがあったことから取得しました。杉山社長は「年間の更新費用も掛かり、これから取り組もうとする方々は無理に取らなくてよいと思う」と語る一方で、新たな食材を調達するときなどは情報をもらえるため、その意味では重宝している、と言います。

東京ではオリンピック、パラリンピックの開催も控えており、今後もムスリムを含め外国人観光客は増えると予想されます。同社では近年、弁当・仕出し事業(サムライキッチン)への参入など、その活動をますます広げています。

ムスリム対応をしようとする中小企業へのメッセージ

左から福田係長、山腰係長、野中主査

左から福田係長、山腰係長、野中主査

日本を訪れるムスリム旅行者の数は増加しており、ムスリム旅行者への対応はビジネスチャンスとなります。なお、「ハラール」という言葉には注意が必要です。何がハラールであるかの判断はムスリム旅行者に任せましょう。ハラールという言葉は安易に使わないよう注意が必要です。

対応方法は、まずはムスリムおもてなしガイドブックをご覧ください。
例えば店先で「ムスリム対応できます」と英語で掲示するなど、ムスリム向けに対応できることを簡潔に伝えましょう。また、ムスリム旅行者にとっては、安心できる知り合いなどからの口コミが有効と聞きます。SNSなどを使った情報発信を積極的に行うことで、口コミも広がりやすくなると思います。店先での地道な活動と、SNSなどを利用した広報を併用していくのが効果的です。

また、地域によっては、札幌市や横浜市など、ムスリム向けサービスを提供している施設の情報を収集して、旅行者向けに発信している活動も見られます。全国的な活動としては、日本政府観光局がムスリム旅行者向けにムスリム対応の有無について判別できるようなマークを付けているパンフレットを発行しています。

日本政府観光局-ムスリム関連ページはこちら(インドネシア版)

農林水産省では、「飲食事業者のためのインバウンド対応ガイドブック」を発行しており、ムスリム旅行者に限らず、多様な旅行者向けの対応方法や事例紹介を行っています。




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