Vol.69 新しい事業承継のカタチ、「ベンチャー型事業承継」とは?

近年になって「ベンチャー型事業承継」という言葉が聞かれるようになりました。これは、親族内の事業承継において、若手後継者が家業の経営資源を活かして経営革新に取り組むことです。中小企業庁の「事業承継5ヶ年計画」にもその言葉が取り上げられるなど、徐々にその認知度は広がっています。
今回は、これから事業承継を控える全国の若手後継者の皆さまに向けて、ベンチャー型事業承継の概要、先進的な取組事例および国の支援内容を紹介します。
※本記事は、2018年7月18日時点の取材をもとに執筆・掲載しています。

事業承継を経営革新のチャンスとする

事業承継に関する課題と対応の方向性

事業承継に関する課題と対応の方向性
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中小企業庁の「事業承継5ヶ年計画」によると、今後5年間で30万以上の経営者が70歳になるにも関わらず6割が後継者未定であり、70代の経営者でも承継準備を行っている経営者は半数という現状が示されました。我が国企業の9割を占める中小企業の高齢化問題は、深刻化しています。
このような中、地域の事業を次世代にしっかりと引き継ぐとともに、事業承継を契機として後継者が積極的にチャレンジしやすい環境を整備することが求められています。

中小企業の後継者問題の解決手段として新たに注目されているのが、「ベンチャー型事業承継」と呼ばれる事業承継の形態です。これは、若手後継者が家業の経営資源を活かし、新規事業、業態転換、新市場開拓など、新たな領域へ挑戦することを指します。ゼロから起業するベンチャーでもなければ、親と同じ商売をする単なる親族内承継でもない、新たなジャンルと言えます。
この言葉を広める「伝道師」の活動をしているのが、公益財団法人大阪市都市型産業振興センターが運営する起業支援施設、大阪イノベーションハブのチーフプロデューサーを務める山野千枝さんです。山野さんは、2000年から同センターでベンチャーや事業承継の支援などに携わってきました。そこで培った広い人脈や経験を活かし、自らも2016年に起業しています。
ベンチャー型事業承継とはどのようなものか、山野さんに伺いました。

自分がやりたいビジネスに「家業を寄せる」

大阪イノベーションハブ 山野千枝チーフプロデューサー

大阪イノベーションハブ
山野千枝チーフプロデューサー

この言葉を使い始めた背景は、若手後継者が自らの未来に希望を持てるよう、「家業の経営資源を活用して新しいビジネスを始めることも、ベンチャーの1つである」ということを若い世代に伝えるためです。
今は起業のハードルが低くなり、メディアなどでは成功するベンチャー企業が数多く取り上げられます。一方で、「事業承継」と聞いて思い浮かべるイメージは相続や税金の問題ばかりで、華々しいものではありません。そこで、若手後継者の家業への見方を変えたいと思ったのです。

ベンチャー型事業承継という言葉は、2014年頃、ある自動車部品メーカーの3代目社長が自らを指してそう言っていました。後継者でありながらベンチャー色の強い事業を展開している方だったので、起業家同士の集まりや、中小企業の後継者同士の集まりのどちらに参加しても違和感が拭えず、生み出した言葉だそうです。

支援のターゲットとする「若手後継者」とは、「30代前半までの後継者」を指しています。それを超える年代の人を制限するわけではありませんが、「若手」にターゲットを絞るのは、多くのベンチャー型事業承継の成功事例において、最初の挑戦を始めたのは20代の頃だったと言われるからです。一般に、20代は体力や行動力に溢れていて、その挑戦は周囲の応援を得やすいものです。また、先代経営者が現役で、ベンチャーへの理解が深い世代でもあり、もし失敗しても許せる範囲で挑戦できる土壌を備えていると言えます。これがもし、40代、50代になって事業承継した場合であったら、失敗を恐れて新規事業に手を出すことなどできないでしょう。

新たな取組と言っても、必ずしも取り扱うアイテムなどを変える必要はありません。現在の家業を大きくしたり、隣接する業界に参入したりする、という方法でもよいのです。
小規模・零細の企業では、M&A(合併と買収)や第三者承継という事業承継の方法では、買い手を見つけるのが難しいところがあります。家業の中で新たな取り組みができるのであれば、それに越したことはありません。
若手後継者が新たな取組を行うに当たっては、自分がやりたいビジネスに「家業を寄せていく」ことが重要なのです。

国としてのベンチャー型事業承継推進の取組支援

ベンチャー型事業承継という言葉が全国で注目され始めたのは、近畿経済産業局が2017年2月に、関西のベンチャー支援の取組指針となるアクションプランを策定したことがきっかけです。そのアクションプランにおいて、全国で初めてベンチャー政策に「後継者」を対象としたことで、注目が集まりました。山野さんが所属する大阪市都市型産業振興センターが、アクションプラン実現に向けたプロジェクトの運営事務局となり、ベンチャー型事業承継の推進に向け、一体となった取組を進めています。

同プロジェクトを推進する、近畿経済産業局産業部創業・経営支援課の森門明日香創業支援係長に、同局の取組について伺いました。

地域こそベンチャー型事業承継に取り組む意義がある

近畿経済産業局産業部創業・経営支援課 森門明日香創業支援係長

近畿経済産業局産業部創業・経営支援課
森門明日香創業支援係長

近畿経済産業局では、先代からの経営基盤を引き継ぎつつ、新たなイノベーションを創出する後継者を「ベンチャー型事業承継」と定義しました。2016年度に有識者などを交えて策定したアクションプランに基づき、2017年度からアクションプランの実現に向け、ベンチャー型事業承継の普及に向けた取組を実施しています。

ベンチャーが発生する数は、東京一極集中の傾向が強く、地域においてゼロからのベンチャーは生まれにくいと言われています。しかし、「1を10にする」というベンチャー型事業承継であれば、地域でも生まれる可能性が高いと考えています。地域の若手は東京に行きたがる傾向にありますが、地域資源、特に家業を持つ人に「あなたもベンチャーである」と告げることで、人材流出を防ぐことができ、それが新ビジネス創出にもつながるのです。

近畿経済産業局によるベンチャー型事業承継に関する取組は、基幹イベントを開催するなどの仕掛けを行うことで、後継者と支援者などの機運醸成、特に後継者のマインドセットを図ることを目的としています。
取組を開始した2017年度は、ベンチャー型事業承継の好事例を発信するポータルサイトを開設しました。また、経営者や後継者、支援機関を対象とした啓発イベントと、後継者候補を対象とした新ビジネスを考えるワークショップを、大阪市で開催しました。いずれも幅広い業種の若手後継者などが参加し、熱意ある意見が多く聞かれるイベントとなりました。
2018年2月には、1年間の振り返りとしてカンファレンスを開催しました。ベンチャーキャピタルの方による講演や、ワークショップに参加した若手後継者による成果報告を行いました。いずれのイベントも、山野さんら運営事務局と一体となって開催しました。

多様なロールモデルを発信する

2018年度「ベンチャー型事業承継」の取組

2018年度「ベンチャー型事業承継」の取組
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2018年度の近畿経済産業局による取組は、2府5県の関西全域に活動を広げていきたいと考えています。地域ごとにキーマンが出てきて、広範な地域で同時多発的に取組が起きることを期待しています。そのため、啓発イベントも大阪以外を中心に開催する予定としています。
ワークショップは、前年度同様にアクセスの良い大阪で開催しますが、啓発イベントをきっかけとした各地域からの参加も募ります。

これまでは30代前半までの若手後継者を主な支援対象としてきましたが、各地域における多様なロールモデル(手本)を発信するため、40代中盤の人などによる成功した事例も積極的に取り上げていきたいと考えています。
情報発信は、ポータルサイトに掲載する他、若手後継者の目に留まりやすいSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)も積極的に活用していきます。イベント開催のお知らせも順次、これらに掲載するのでぜひご覧ください。

まずは近畿管内でモデル事例を数多く作り、いずれ全国にもこの動きを広げていきたいと考えています。そのためには、支援機関や民間企業などに賛同者を増やし、連動した取組につなげていくことが重要です。実際に、福井、京都、兵庫などの支援機関が主催となり、当局の取組と連携した形でイベントを開催する動きも出始めています。
近畿経済産業局のこのような取組は、中小企業庁も関心を持っており、事業承継5ヶ年計画にベンチャー型事業承継という言葉が盛り込まれたり、「平成29年度補正事業承継補助金」に事業承継を契機として経営革新などに取り組む方を支援する「後継者承継支援型」が追加されたりと、国の施策にも反映されるようになりました。

後継者もベンチャーであることに気づいてほしい

若手後継者へのメッセージを語る森門明日香創業支援係長

若手後継者へのメッセージを語る森門明日香創業支援係長

若手後継者の皆さまには、家業を継ぐことは決してネガティブなことでなく、新たな取組の可能性があるということを知ってもらいたいです。
実際に、ゼロから起業する場合でも、他に家業を持っていて、幼い頃から見てきた親の影響を受けて起業する方が多いと聞きます。家業を持つ方は、経営者としてのアドバンテージを元々持っているということです。家業は資源であり、「後継者こそベンチャー」であると気づいてほしいと思います。

ベンチャー型事業承継は、これまで国の「ベンチャー支援」と「事業承継支援」との間にあって、日が当たらなかった部分と言えますが、実は当てはまるケースが非常に多い形態です。
家業を継いで新たなイノベーションを起こそうとすると、親や既存の従業員とのしがらみにより、社内から抵抗があるかもしれません。そのとき一緒に支え合う仲間が必要になることでしょう。私たちはそのための支援が必要だと考えています。
事業承継を契機に経営革新などに取り組もうとする企業の皆さまは、当局ポータルサイトに掲載のベンチャー型事業承継関連の各種イベントに参加いただくか、最寄のよろず支援拠点などの支援機関への相談をお勧めします。

ベンチャー型事業承継により経営革新を果たした企業の事例

近畿経済産業局のベンチャー型事業承継ポータルサイト「ぼくらのアトツギベンチャープロジェクト」では、ベンチャー型事業承継により承継を果たした企業の事例を多数紹介しています。今回は、その中から2件の事例を紹介します。

事例1 仏壇製造技術を活かした新商品で世界へ挑む後継者

井上昌一代表取締役

井上昌一代表取締役

chantoシリーズ「エスプレッソカップ」

chantoシリーズ「エスプレッソカップ」

株式会社井上(滋賀県彦根市)は、1901年に創業し、伝統的工芸品である「彦根仏壇」の製造販売を営む企業。
同社代表取締役の井上昌一さんは、大学在学中に家業を継ぐことを勧めてくれていた祖父が亡くなり、「自分が継ごう」と覚悟を決め、同社に入社しました。

主力商品である仏壇の需要が低迷する中、同社では2009年からカップやトレーなどの雑貨ブランド「chanto(シャント)」を開発し、製造販売しています。
新商品開発のきっかけは、経営コンサルタントから「仏壇製造技術で世界に通用する商品を作ったら面白い」と助言を受けたことでした。
まずは花器や壁掛けなどを製作し、ニューヨークでの展示会(日本貿易振興機構のブース)に出展しました。そこで、展示会に携わる関係者などから新商品開発の進め方や公的補助金の活用方法を学んだことで、その後の本格的な商品開発を行うことができたのです。
自分たちに欠けていたデザイン力を補うため、デザイナーとコラボレーションした日用品の開発に取り組み、これを見本市や展示会に出したところ、「仏壇屋が作る日用品」としてメディアに取り上げられ、既存商品の広報宣伝にもつながりました。

同社は新たな商品開発にも意欲的です。海外の富裕層をターゲットとして、高級な機械式腕時計を入れておくケース「ウォッチワインダー」の提供を始めました。これは仏壇職人の高度な技術をフルに活かした商品で、華やかな金の装飾などが海外の人に高く評価されています。今後は販路開拓に注力していく考えです。

事例2 他業界の販路開拓と自社ブランド商品の展開に取り組む後継者

西村昭宏代表取締役

西村昭宏代表取締役

自社ブランド商品「ペーパーグラス」

自社ブランド商品「ペーパーグラス」

株式会社西村プレシジョン(福井県鯖江市)は、極薄の老眼鏡「ペーパーグラス」を製造・販売する企業。鯖江市で50年間チタン切削加工を営む、株式会社西村金属の貿易部門子会社として1993年に設立されました。
西村プレシジョン代表取締役の西村昭宏さんは、 大学を卒業後、IT関連企業に就職しました。

しかし、眼鏡産業は安価な海外品に押されていて、2003年、西村金属は経営危機に直面。父から「家業を手伝ってほしい」と言われた西村さんは、鯖江市に戻り、経営の建て直しを図りました。
西村さんは、眼鏡産業で培ったチタン加工の技術を他にも活かそうと考え、自社のホームページを作って製造技術を公開しました。他業界の顧客開拓に挑んだのです。
試行錯誤の末、半年ほどで問い合わせが増え始め、5年で売上は2.5倍、その8割を眼鏡以外が占めるようになりました。やがて、志を同じくするチタン加工技術を持つ複数の会社と共に、地域ブランド「チタンクリエイター福井」を立ち上げました。スケールメリットを活かした共同受注により、取引先は、医療、半導体、航空機などさまざまな業界に拡大しました。

一方で、リーマンショックをきっかけとして、自社ブランドの必要性を感じた西村さん。2012年に西村プレシジョンの代表取締役となり、老眼鏡「ペーパーグラス」の製造販売を開始しました。
厚さわずか2mmで機能性と美しさを兼ね備えた同商品は、「2013年度グッドデザイン賞」を受賞し、ミラノファッションウィークの見本市「WHITE MILANO」に出展するなど、世界一の老眼鏡ブランドをめざし、海外にも展開を広げています。

民の立場からベンチャー型事業承継を推進

ベンチャー型事業承継を支援する民間による取組も始まってきています。
株式会社近畿大阪銀行では、大阪府内の3商工会議所と連携して成功事例を紹介するセミナーを開催するなど、ベンチャー型事業承継を支援しています。後継者による成長プランの具体化を支援することで、地域活性化を図り、融資などビジネスチャンスの拡大につなげる見込みです。

団体設立を発表する山野さん(中央)ら

団体設立を発表する山野さん(中央)ら

他にも、2018年6月には民間企業の経営者が中心となり、ベンチャー型事業承継を支援する「一般社団法人ベンチャー型事業承継」(東京都千代田区)が設立されました。山野さんが発起人で、代表理事に就いています。同団体は若手後継者を対象に、官民さまざまな組織と連携し、研修事業やイベントなどの教育プログラムを提供していきます。

山野さんは同団体の設立趣旨を次のように語ります。
「国による支援の場合、年度替わりの時期にどうしても空白期間ができてしまいます。そこで、産業界からも新しい『波』を起こして継続した取組とすることを目指し、設立しました。従来の支援機関だけでなく、若い人たちに発信力のある団体や企業と組み、潜在的な後継者に向けても発信することを目指しています」

同団体は、当面は事例紹介・情報発信に注力していきますが、教育プログラムとして大阪を中心に開催してきたアイデアソン(新しいアイデアを生み出すためのイベント)や研修などを東京などでも開催する予定です。その後は個別で事業化、資金調達、体質強化支援などに対応していきたいとしています。
「ベンチャーと言っても、新規株式公開(IPO)する企業を増やすことが目的ではありません。地域に根を張り、会社を永続させるために新しいビジネスに挑戦する人たちを対象としています。年商1兆円企業を1社輩出するよりも、10億円企業を各地で100社出す方が有意義だと考えています」(山野さん)
家業という資源を活かし、新しい挑戦をする動きが全国各地に広がっています。




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